文覚。たえて会わないこと久しい遠藤武者
盛遠もりとう 。 うわさは、ちらちら聞く。 また、かつて、少納言信西しんぜい
入道の舘へ、政治上の献言をもって怒鳴り込み、大乱暴を働いて立ち去ったということも、信西の生前に、聞いていた。 (あいかわらず、飄々ひょうひょう
踉々ろうろう 、市にさまよい、野山に寝、さだまる所もないとみえる) 清盛は、愍然びんぜん
たるものを、昔の同窓の友へ寄せた。 彼を思い出す時、すぐ頭にうかぶのは、袈裟けさ
の名である。一生を女のために棒に振った男 ── ということだ。 (ばかなやつ) と、当時、嘲わら
ったものである。 だが今は、彼を嘲う資格がない。今の自分にはと、清盛は、ひそかに思った。 もし今、彼がここに居たら、 (二十歳の頃のおれに愚と、四十男の貴様の愚と、いずれが愚か、いずれが悪質か) と、いうだろう。 常盤腹の子三人を、助けたのはいい。しかし、助けたあとで、なぜたびたび、用もないのに、常盤の所へ通うのか。 (たしかに、おれは、さもしい。そして意気地がない。朱鼻めが、言ったとおりだ) 彼には、文覚のような行き方は出来ない。若い時からすでに、彼のように、一途いちず
ではなく、純情でもなかったことが、常盤に対しても、はっきりと、現れたというしかない。 なぜ、常盤へ、切り出せないのか。 燃えながら、恋いを、内にいぶして、」しらじらと、外面を、さりげなく装よそお
っているのか。 折らば折られもせん ── ともする観念の眼を、いつでも、閉じ塞ごうとしている目の前の君の姿ではないか。 どうして、朱鼻がよくいう、男性の力の、ひと押しが、押せないのか。ねじ伏せて、羽交い絞めにた後の、見えすいている女のよろこびへ到らしめてやるために、わずかな間の、抵抗と怨言と流涕りゅうてい
に、忍べないのか。 いや、一瞬の暴を、あたまに描くと、それは、彼の心の底深く眠っている野性の嗜好しこう
と、合致して、むらと、即座な行為をそそられもした。眸ひとみ
は獣欲の炎になる。常盤は全身でビクと鋭敏に感じ取る。すると、なぜか、彼女もすくみ、清盛もすくんでしまうのだった。つばをのんだまま、固くなり合い、ただお互いの呼吸を耳にするだけの空しい男女ふたり
ができてしまう。 そんな時、清盛の心のまえには、何が立ちふさがって、彼の野性の勇を、はぐらかしてしまうのだろうか。 慈悲ぎらいだという彼だ。宗教ではない。正室の時子のほか、側室も幾人かもっている。女性には潔癖という彼でもない。 |