たれか、うしろに、人が立ったような気配
である。常盤はそれを感じないではないが、窓を離れるのが恐こわ
かった。波にさらわれないとして岩にすがっている磯藻いそも
のように、窓によっていた。 「常盤。・・・・何を見ているのか」 やはり、清盛の声であった。 彼女は、予知していたらしく、その人の声と分かっても、にわかに姿を持ち直すでもなく、 「花を見ています」 と、そのまま答えた。 外の、花明りに、そこはかとなく、部屋の内は、ほの明るい。清盛は、やがてすわって、一人黙りこくっていた。 常盤もいつまでも窓にいた。 灯の消えていたことが、偶然、二人には倖せした。いつものように、身を硬こわ
め合うて、涙をそむけたり、息をつめて、横顔と横顔とをつき合わせている苦しさもない。 清盛が、おりおり、ここへ通い始めたのは、三人の子の処分を明らかにした後である。その前とても、べつに、なんの約束があったわけでもないから、常盤が、 (人目もあります、世間のうわさも、うるそうございます。どうか、ここへは来てくださいますな) と、断ことわ
れば、断り得ないわけではない。 清盛の寛大な処置を、恩とは感じ、情けとは受けても、女の自由は、なお彼女の意志のものである。取りかえてもいなければ、奪われてもいないのである。 けれども常盤には、もうその人へ向かって、その人の心を傷きず
つけるようなことは言えなくなっていた。厭いと
う気持よりは、心待ちに待つような心理が、いつか彼女を支配し出していた。 (あさましや。わが夫つま
、義朝どのを亡ぼした仇人あだびと
を) とみずから、おぞ気をふるって自分へいい聞かせてはみても、運命の自然な歩みとそのその環境に伴って、新たな日に適応してゆく心の必然は、否みようもなく、彼女のうちに、彼女も気づかない、変りかたをいつかしていた。 「・・・・お、夜風に、机の反古ほご
が飛んでいる」 清盛は、壁代かべしろ
の下へ手をのばした。そしてその紙片を、文机の上へもどす前に、ふと、おぼつかない花明りをたよりに、読みかけた。 |