新しく土木させた庭園と、それらの泉石にふさわしい渡殿造
りの離亭はなれ とが、六波羅第てい
拡張の設計の一部として、もう二、三ヶ所にできかけている。 その一つを、蓬壷ほうこ
(よもぎのつぼ) と称び、もう一つの庭を薔薇園しょうびえん
(ばらのその) と名づけた。 「朱鼻。なかなか佳よ
いな、ここの居心地は。── 薔薇園は気に入った」 「さようでなくてはなりますまい。河原の左大臣のお庭とて、よも、かほどではなかったかと思われます」 「はははは。大自慢よの」 「この造庭にも、御普請にも、まずは、てまえの考案が、あらまし御採用を得ているのですからな」 「ははは、鼻も、今日は、鼻はな
高々たかだか だわい」 「いえ、鼻はな
朱々あかあか です。万一、お気に召さなかったひには、鼻白むところでしたから」 「この男、自分の鼻で、洒落しゃれ
をいうわえ。いい気なやつ。そちと話してると、憂いを忘れる」 清盛は、木の香も新しい薔薇園の一亭で、五条の伴卜ばんぼく
をあいてに、余りには飲めない酒を酌く
みながら、うすづく春の夕雲を見ていた。 (ふしぎに、人の心を読み、ふしぎに、人の心を、弄くもてあそ
ぶやつ) 清盛は、この男を、そう観ている。利にかけては、目から鼻へ抜けるような悧さと
いやつ。従って、気はゆるせない。 そう、警戒はしているのである。一雑色ぞうしき
からにわかに大商人おおあきんど
に成り上がった曲者くせもの という点も観察には容い
れていた。 けれど、妻の時子が、余り賞ほ
めるままに、一度会ってみてから、彼も、この奇妙な鼻の持ち主を、時子以上に、いつか信用していた。いや愛する気持さえ加わった来ている。 面白い人間、持ち味のある男、というばかりでなく、清盛に最も欠けている
「計数」 の頭脳においては、一族の内でも、他に見当たらない才能の持ち主でもある。 また、先の平治の乱では、経宗や惟方これかた
などの寝返り者と六波羅との間に立ち、じつに機敏な連絡の役わりと隠密的おんみつてき
な働きをも、立派にやってのけている。 以来、清盛は、 (珍重すべき者 ──) として、何かと、座室に近づけていた。 事あるときにもよし、憂いにもよし、退屈な相手にもよし、七味湯しちみとう
でも一ぷく服の むように、おりにふれては、
「鼻を呼べ」 と、呼びにやる。 今日も、そんなことだったろうか。鼻もだいぶ杯をすごして、鼻頭びとう
の朱しゅ を、満面に散らしていた。 「ほ。・・・・憂いをお忘れになると仰せられますか。憂いをな。・・・・ははあ」 「何を嘆息するのか」 「殿にも、憂いなどというものが、おありかと」 「たわけ者よ。清盛とて、人の子ぞ」 「いつでしたか、天地の生んだ一個の者とたら、伺いましたが」 「それは、いってみるだけのことだよ」 「いや。てまえとしたことが、愚かでした。おん憂いのたねは、よく分かります」 「なんであるか、知っているか」 「人の子には、ありがちなことでしょう。わけても春。いかがですか、殿」 「ま、その辺かな」 清盛は、笑った。どこやらに、力がない。自嘲じちょう
といったような顔つきである。 「じつに、てまえも、こんどだけは、意外でした。殿を、お見損ないいたしました」 「なんで」 「余りな、お気の弱さにです」 と、鼻は露骨に、清盛を冷笑して、なおいった。 「なんたることでしょう。意気地のないその御憂鬱ごゆううつ
は。日吉ひえ 山王さんのう
の神輿しんよ にさえ、不敵な矢を射たほどな殿がです。ましてや、平治に御武威を示されてから後は、天あま
が下した 、たれが殿に並び得ましょうか。その殿が・・・・その男お
の子が・・・・あははは男お の子とも申されませんな。そんなお気弱では」 |