〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-U 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (三) ──
六 波 羅 行 幸 の 巻

2013/04/24 (水) 常 盤 ときわ ぞう (一)

正月の夜である。
といっても、寒い、火の気もない、だだっ広い大伽藍 だいがらん のやみでしかない。墨のような夜気やき が、欄干に流れ、大床おおゆか は氷の池に似、わずかに、廻廊かいろうしとみ や壁が、外の山風を、防いでくれているだけであった。
「オオ・・・・よち、よち。・・・・泣かいでもよい、母のふところぞよ。寒いかや。何は、さは泣くぞ。・・・・さは泣くぞ、和子は」
正しく言えば、ここは洛東八坂郷やさかごう 音羽山。
そこの清水寺の内にある子安観音こやすかんのん の御堂に、宵のうちから、嬰児あかご の声が、もれていた。
常盤ときわ と、そのふところの のみ児の声だった。
いや、御堂の太柱ふとばしら の下には、むしろを敷き、薄い夜のものかず かせて、なお、ほかに二人の幼児おさなご を、そばに寝かしつけていた。
のみは、去年生まれで、明けて、二歳であるが、生まれたまだやっと七月ななつき ぐらい。
名は、牛若うしわか(後の義経)
その上が、六ツの乙若おとわか(後、出家)
かしらの今若いまわか (後、出家) でさえ、ようやく、八ツになったばかりの、がんぜなさである。
「むりもなや、むりもなや」
常盤は、泣き止まぬ牛若に、ほお ずりしながら、一緒に、泣いた。この母すらまだ、この春で、二十三という若さなのである。
「乳も出ぬゆえ、 もじゅうて、泣くのであろう。・・・・蓬子よもぎこ は、どうしやったぞ。・・・・もう、戻ろうに、泣いてたもるな。この母も、身も世もないぞえ」
ほかの子までが、目をさましてはと、常盤は立って、堂の内を、おろおろと、夜すがら巡り歩くのだった。
ゆうべも、こよいも。
こよいは、正月三日、後に思い合わせれば、この子たちの父、源義朝は、尾張の野間のま豪族ごうぞく長田おさだ 忠致ただむね のために、だまし討ちにされて、この夕べ、すでに落命していたのである。── 虫の知らせともいうものであったろうか、牛若も、宵からヒイヒイ泣いてばかりいるし、常盤も、胸さわぎに閉じられて、常でさえ出の細い乳が、牛若のくちびる を濡らすほどなしずく にも垂れて来ない。
清水寺の観音へは、彼女は前々から月詣つきまい りを欠かしていなかった。顔見知りの寺僧もある。── で、捨て難い家を捨てた日、召使たちとこの山へ逃げて来たのであったが、
(六波羅武者が、あなたと、義朝どののわすれがたみを、血まなこで探していますぞ)
と、山の者にも、注意されて、身の置き所もなくなった。
連れていた召使たちも、みな逃げ去ってしまい、蓬子よもぎこ という子守女が、ひとり残っただけである。── 清水寺の法師たちも、あわれとは見ても、六波羅をはばかって、みな迷惑顔を反向そむ けてしまう。
密告もしないが、かば ってもくれない。
すると、光厳こうごん という若い学僧があった。見るに見かねて、
(子安観音の御堂の一つに、めったに、たれも入らない所があります。そこで、しばしお過ごしなさい。わたくしが、おかく まい申し上げます)
と、母子を、おとといの夜から、そこへ隠した。
うすい夜のもの も、むしろも、母子の露命をやっとつなぐほどな食物も、みな光厳が、堂衆の眼をぬすんで、そっと運んでくれているのであった。
彼女は人の無情と愛情を、今ほど身に みて知ったことはない。
都の美少女千人のうちから百人を選び、百人から十人を選び、その十人からただ一人選ばれて ── 九条院の中宮ちゅうぐう 呈子の雑仕女ぞうしめ げられたときは、
(世にたぐいなき、果報な乙女おとめ
と、洛中の子女から、羨望せんぼう のまとにされた常盤である。
十四 ── 初めてまゆ を描き、十五 ── 簾裡れんりもすそ をひき、十六 ── 義朝に恋されて、女院の園の、おぼろ な花蔭に、春の月を、悲しいものと見た年には、もう上の今若を、身にやどしていたのだった。
それからの、みじかい年月。
しかし、夢のように、常盤には、幸福であった。
女院からも愛されたし、つま なる義朝にも、彼女は、ただの一度も、愛情の不足を思わせられたことはない。
男とは、義朝のことであり、世間とは、女院のうちのこととばかり、わき見も知らず、宮勤めと、子たちの中で、暮してきた彼女でもあった。
いきなり、常盤は、戦火のちまたへ、あらあらしい人間たちの生き争う世間の路傍へ、ほうり出された。
子を抱いて。── しかも、敗者の片われという、きびしい罪の追捕ついぶ をうけて。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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