〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-U 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (三) ──
六 波 羅 行 幸 の 巻

2013/04/23 (火)  げん (二)

泉に臨んだ一亭の明りが、下の水に、映っていた。
「頼盛。── 帰られたら、よく母の尼殿に、お許からも、いさ めるがいい。さような重大な政治向きのことは、お口に入れなさらぬがおよろしかろうと、よいか。かつての紊政ぶんせい 、戦乱のもと にも、蔭には、みな女があった」
「兄上」
「なんだ、その眼差しは。何が、心外か」
「わかりました」
「わかっただろう。当然なことだ」
「・・・・が、頼盛にも、一言いわせて下さい」
「いうなと、たれがいった」
「でも、兄上のように、頭から、そうがみがみ仰っては、頼盛には、何も言えません。── わたくしは、ただ、母から申された使いの言葉だけを持って、おすがりに出たまでです。それを・・・・」
「おれもだ、おれとしては、頼朝の助命などは、構えて、なりませんと、答えているだけだ。それ以外の返辞はない」
「そ、それをです。出すぎるとか、尼御前あまごぜ は、孫のもり か、持仏堂の花でも枯らさぬようにしておればよいのだとか、ちと、御雑言ごぞうごん が過ぎましょう。その通りを、お伝えしてもいいのですか」
「お。ありのまま、なんでも告げたがいい。雑言と申したが、このさい、頼朝の命を助けて給えなどと、一門の内から言い出すのと、いずれが雑言か」
「しかし、頼盛には、御立腹が せません。謀反人むほんにん の一人、越後中将成親朝臣は、小松殿 (重盛) に泣きすがったばかりに、一命が助けられたではございませんか」
「あれは、重盛が、少年の日の恩を報じたのだ。── 義朝の子に、尼殿やお許は、何か、恩があるのか」
「母は、あのような幼い者をと、単なる仏者の慈悲からお願いしているのです。恩の義理のという世俗の沙汰さた ではありません」
「慈悲。・・・・はて、清盛は、慈悲なき人間と言うのか」
「さようにはもうしません」
「ばかな。・・・・母の尼殿へ、もう一ついい足してくれ。清盛には、その慈悲心がありすぎて、持て余しているのだと。── 敵の子一人生かすために、行く末、たくさんな一門の子らが、絶えぬ不安におびや かされたらどうか。そのため、ふたたび、乱に乱を、果てなくしたらどうか」
「頼盛の使いは、すみました。もうこの儀では、参りませぬ」
「来るな。余りに、ばか気た使いには」
その夜おそく、頼盛は、洛北のわが屋敷へ打ちしおれて、騎馬で帰って来た。
禅尼は、寝もやらず、その返辞を、待っていた。
「だめでした。とても、受けつけもなさりません。・・・・それに、六波羅殿の不機嫌なこと、何が、日ごろの胸におつかえなのかと、怪しまれるほどな御雑言なのです」
「この尼のことをか」
「いえ、わたくしへも、当り散らすのです。なんとなく」
「そういうさが なのじゃよ。大弐どのは」
「でも、ひどすぎる」
「頼朝の助命は、どうしても、きき入れてくれそうもないか」
「もうおよしなさい。妙に、疑られても、つまりません。六波羅殿を、怒らすだけのももですから」

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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