「はての。・・・・どうも気になる。もしや今のは」 急いで宗清は、また馬を止めて、丹波藤三や供の武者に、こう、いいつけた。 「いま、彼方
へ行った少年を、連れて来い。もし、逃げるようだったら、疑う余地はないゆえ、どのようにしても搦から
め捕と れ」 彼の家来たちは、彼一人をおいて、みな駆け出した。 宗清も、あとから、戻って行った。 逃げまわりもしたろうし、暴れもしたにちがいない。頼朝は、楊柳かわやなぎ
ののぞいている流れのふちに、仰向けに、ひっくり転かえ
されていた。 追いつめたおとなたちは、かえって、体じゅうで息をあえぎ、汗と充血に、青すじを立てて顔を並べて、 「さあ、立て」 と、頼朝のまわりを、取り囲んでいた。 もう逃げられない。頼朝はそう観念してしまったものとみえ、仰向けに倒れたまま、太陽へ面おもて
を曝さら し、まぶしげな眼をしながらも、なお、動こうとしないのであった。 「どうしたのだ。何をしているのか」 宗清が、馬の背からのぞきこむと、丹波藤三が憎々にくにく
しそうに言った。 「いや、身なりは小そうございますが、どうして、太胆ふとぎも
な童わっぱ でおざる。・・・・ごらんなされい。あのようにしたまま、我らに向かって、召使にでも命じるように、起こせ、起こせと、吐ぬ
かしております」 宗清は、むしろほほ笑ましげに、うなずいた。 「まあよいわ。起こしてやれ、起こしてやれ」 そこで、左右から、武者が寄って、頼朝の両手を取って引き起こした。頼朝は、草ぼこりをつけたまま、宗清の正面に、直立した。美しいばかりに紅潮した少年の横顔に、すこし髪の毛がほつれ、泥ですりむいた傷が赤くなっている。 「童わっぱ
よ。痛かったか」 「・・・・」 「どこへ行く。都から東国へ行くのか」 「・・・・」 父は何者だ。お汝こと
の父は」 「・・・・」 何を訊き
いても、答えなかったが、父はといわれると、ぽとんと、涙をこぼした。そしてその涙のあとも乾くまで、なお黙りこくっていた。 宗清は、声に威嚇いかく
を込めて、 「答えろっ。答えぬと、痛い目にあわすぞ」 と、眉まゆ
をいからして見せた。 すると頼朝は、かえって、その小さい両の肩を正して、おとなの顔へ水をかけるように言った。 「おまえはたれだ。おまえこそ、馬を降りてものをいえ。わしは平家の下侍げざむらい
などに、馬上から何か訊き かれるような者の子ではない」 「こんどは、宗清が黙ってしまった。そういう頼朝の眸ひとみ
を、また全姿を、見とれるように見入っていた。── が、やがて素直に馬を降りた。そして頼朝のそばへ寄って、自分は平頼盛の家来宗清であると告げて、 「さ、次はあなたの番ですよ」 と、やさしく言った。 宗清にはもう分かっている。しかしかさねて、ていねいに質問したのである。 「お名前を仰っしゃい。・・・・あなたはたれのお子ですか」
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