〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-U 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (三) ──
六 波 羅 行 幸 の 巻

2013/04/20 (土) てん (一)

白い、白い、果てなく白い道、白い夜。
頼朝はたまらなく眠かった。馬の背である。が、その馬上の揺られ心地までが、子守歌を聞くかご の中にあるような、こころよ幼心おさなごころ を誘って、欲も得もなく、眠気にくるまれてしまうのであった。
こくん・・・・こくん・・・・ろ¥と彼はいつか居眠りしだした。
馬上の居眠りを 「馬ねむり」 といって、これはよく、行軍中の武者には見られえる姿だった。
が、今の彼は、春の日の行軍ではない。
── おういっ。
── 佐殿すけどの ようっ。
耳には、ときどきそれを聞き、口ではそのたび、
「おういっ・・・・」 と、答えていたつもりである。
しかし、またすぐ、こくり、と居眠りが出る。
むりもない。もう三、四日の年暮くれ をこえても、明けて、十四歳でしかない童子武者だ。父や兄のようには今日の境遇とて悲痛ではなかったろう。いや、少年の感じやすい情血に、かえって、父や兄以上、深刻であったとしても、一時の悲涙も、時をへれば、すぐ、けろりとしてしまうのが、少年である、少年の健康さである。
手綱を持ってさえいれば、手綱が自分を連れて行ってくれる。そんな気持であったろう。頼朝はなんの不安も感じていない、豊な生命が、不安をうけつけない。
守山の宿しゅく は覚えている。篠原堤を過ぎたのも知っている。・・・・が、あとは意識界の道ではなかった。馬の歩みにまかせていた。
tと。── 遠くからそのあと を。
三、四人の男が、雪を蹴って、追い慕って来た。
守山の源内という地ざむらいと、附近のならず者たちであった。
守山の宿には、この夕べ、六波羅の沙汰人さたにん が来て、土地ところ村長むらおさ や、郷士、百姓までを集め、
(落武者を見たらすぐ訴え出よ。薬餌やくじ を求めて来たら、親切顔にたぶらかし、大勢してから め捕れ)
と、賞罰の箇条を書いた立札を、あちこちに建てて引き揚げていた。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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