一歩の過失は、千里の過失とか、戦況の推移は、ことごとに、志
と違ってくる。 義朝は、自分ながら、今度の戦いくさ
には、少しも、自分らしい頭脳のひらめきが出ないのを、不審に思った。当然、もっと振うべきはずの士気もそのために振わないし、旗幟きし
の上にも、精彩がない。 (こんなことで、軍いくさ
に勝てるはずはない) そう気づいていることからして、我らしくもないと思いはする。── しかし、思いつつ引けない羽目はめ
が、彼をして、戦わぬ前から、気を腐らしめていたのである。義朝自身に、それが分かっていた。 「あな口惜し。またしても、計られたるよ」 兵を回かえ
して、ふたたび、内裏へたてこもる途はふさがれた。清盛づれのこんな甘い兵略にさえ、まんまとかかるほど、自分の運うん
は傾いているかと、知った。 「── この上は、六波羅の舘たち
へ迫り、、主上を脅おびや かし奉って、玉座を遷うつ
しまいらすか。また、清盛をおびき出して、一騎と一騎の勝敗を決するか。二つに一つ」 と、悲壮な肚はら
を決めた。 彼のこの決意は、じつに余儀ない覚悟から出ていたのである。玉砕か、万に一つの功かを目がけた、最終的な攻勢であったのだ。しかし、彼の武将や兵たちは、追撃また追撃を加えて来た表面の勝利に気をよくして、五条大橋の際から、北の河原一帯を取り詰め、誇りに誇っている様子だった。 六波羅方では、源氏が、総力をあげて、対岸に迫って来たのを見ると、 「橋を落せ」 「逆茂木さかもぎ
を、河原へ張れ」 と、防禦にかかって、たちまち、五条大橋の一部を、毀こわ
してしまった。 悪源太義平は、毀こわ
された断橋の端まで出て、 「矢ごろはよいぞ。ここに立てば、六波羅勢の楯の内も見すかされる。射よや者ども」 と、橋半分に、五百騎ほど立て並べて、射戦を、開始した。 義朝の一陣。また他の武将も、思い思いな足場を選んで、対岸の敵へ、矢の雨を浴びせかけた。もちろん、一方的ではない。六波羅からも、射返してくる。 その間を縫って、川を渡ろうとする者、越させじと防ぐ者。かなたこなたに、騎馬、徒士かち
の接戦も起こっていた。 義平は、たれよりも血気であった。 「矢交ぜは、もどかしい」 と逸はや
って、急に手勢をひきつれ、下流から六波羅岸へ、上陸を計った。 ところが、六条河原には、何者を大将とする軍勢か、およそ六、七百の鉄兵が、楯をかこい、旌旗せいき
をひるがえし、粛然しゅくぜん
と、林のように、動かずにいる。 「や。あれは、兵庫頭頼政ではないか」 義平は、憎そうに見て、六条堤ろくじょうづつみ
の上に立った。 「さよう。頼政殿の一手です」 と、そばにいた平山武者所末重はうけて、こう答えた。 「さきほど、頭殿こうのとの
(義朝) も、六条から東の岸へ渡ろうぞと、これまで御馬を進められましたが、頼政殿の一軍が、河原の中に陣しているのを見て、急に、思い止まり、お引き返しになられたのです」 「何、何。──
父は、頼政を見て、一矢もくれず、引き退の
かれたというのか」 「いえ。この堤つつみ
から、大音をあげて、頼政殿に呼びかけ、彼の、節操もない、裏切り行為を、したたかに、辱はずかし
めておやりになりました」 「それだけか」 「頼政殿もまた、烈しく、理をならべて、いい返されたことでしたが」 「ことばの争いなどが、なんいなろう。同じ源氏でありながら、この日になって、平家にも駆け向かわず、勝敗の両端を窺うかが
う武門の曲者しれもの 。──
悪源太が蹴け 散らして、世の懲こ
らしめにしてやる。つづけや、人びと」 義平は、馬を堤から馳せ落お
として、いきなり頼政の陣へ、踊り入った。 彼につづく坂東武者の一群、また一群も、水けむり、血けむりを立てて、喚おめ
きかかった。 このため頼政の家人けにん
として世間に有名な渡辺党の勇者たちも、さんざんに討ち悩まされて、六条の東の岸へ逃げ乱れた。 西岸の源氏は、これを見て、 「あっぱれ、御曹司おんぞうし
の先陣振りかな、やんややんや」 と、賞ほ
め動揺どよ めいた。機を外すなと諸所の陣から河原を駆け渡して、一せいに六波羅の舘たち
へ、接近した。 |