〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-U 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (二) ──
六 波 羅 行 幸 の 巻

2013/04/15 (月) さくらたちばな (三)

花やかな若武者二騎は、追いつ追われつ奮戦を続けていた。そして、左近の桜と右近の橘の周囲を七、八度も駆けめぐ ったといわれている。
また、義平に従って、同時にここへ駆け入った坂東武者十七騎も、重盛の武将、新藤しんどう 左衛門、平与へいよ 三左衛さざえ もん などの手勢と、あちこちで戦ったいた。
満庭の雪は、血と泥海に化した。そして乱軍となった味方のうしお の中に、重盛の影も まれるように交じっていた。源氏方が、新手あらて 新手あらて と、人数を加えて来るので、六波羅勢は危険を感じて、待賢門の外へと、続々、退却し始めていたのである。
それを、しきりに号令していたのは、二陣の指揮をしていた老将、筑後家貞だった。
家貞は、大宮のつじ に、馬を休めている重盛を見て、そばへ寄って行った。
「げにも、あなたは平将軍へいしょうぐん (貞盛) の再来です。見事な武者ぶり、父の大殿おおとの にお見せしたい程でおざった」
そう めてから、後で、また言った。
「しかし、かねて父君から、しかと、仰せふくめられている二つのけい は、ゆめ、お忘れあってはなりませんぞ。花も誇りも、一時は敵へくれてやるお心こそ持たせ給え」
「じじ。心配すな」
重盛は、また、新手あらてひき いて、待賢門へ攻め入った。
義平は、見て、
「兵は、変わったが、将はまた重盛ぞ。こんどこそ、のが しはせぬ」
平家の難波次郎、伊藤武者、妹尾せのお 太郎などの部下が、射浴いあ びせて来る矢風の前に立ちながら、悪源太義平は、手をあげて、招いていた。
「出で給え、六波羅の公達きんだち 。── 君は、平家の嫡々ちゃくちゃく 、われは源氏の嫡男、相手として、御不足はあるまい。いずれが、天のくみ し給うところか、勝負を決せん。それとも、義平の勇におそ れを抱かれたか」
声に応じて、重盛も馬をすすめ、
「広言を吐かれたな。後に、悔ゆるも及ばぬぞ、悪源太」
「おかしや、義平はまだ、君にうしろ姿は見せていない」
「おうっ、そのことばを、忘るるな」
二騎はまた、雪泥の大庭を、もつれ泳ぐように、戦い戦い奔馳ほんち しあった。
力尽きたか、重盛はまた、こま を返して、逃げ出した。
その時、六波羅勢すべても、乱れ打つ退かね の音と、なだれ声のうちに、どっと、大宮表へ退いていた。
「口ほどにもない公達かな、返し給え、卑怯ぞ、重盛っ」
と、義平は、ほかの敵には眼もくれず、栗毛の色のあざ やかな重盛のうしろ姿を、ひた追いに追いかけた。
著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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