〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-U 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (二) ──
六 波 羅 行 幸 の 巻

2013/04/09 (火) 女 房 衣 (一)

二十日、二十一日、二十二日と、余日よじつ のない年の瀬が何も手につかない心地の中に過ぎて行った。それも、例年のような待春まつはる のような暮とはちがい、弘徽こき 殿でん にも、正月らしい物の何一つさえ用意されず、紫宸ししん清涼せいりょう 、大極大極殿だいごくでん も、木枯らしに吹き荒れ、諸門の大庭も、内裏の坪も、武者の草鞋わらじ に踏み乱され、朝夕の兵の かし ぎに、 街中まちなか のような煙が立ち込めるだけだった。
そして、ここでは、毎日毎晩のように、
「六波羅が せてくる」
という風評におび え、また、六波羅方では、
「源氏の兵が、内裏を出て、攻めて来るぞ」
と、言い伝えては、防御や、応戦の備えに、恟々きょうきょう と夜を明かしていた。
要するに、ここ数日は、どっちもまだ攻勢に出るまでのはら がきまらないで、互いに、諜報戦ちょうほうせん や神経戦に暮れていたままであった。
ところが、この期間に、もっとも活躍していた人物がある。それは信頼方でもないし、六波羅方でもない。一介いっかい商人あきうど 、例の朱鼻あけはな伴卜ばんぼく である。
ある晩、別当べっとう 惟方これかた と三位経宗が、ひそかに五条の鼻の家をおとずれて、何か、談合したらしい形跡がある。また、鼻が密使となって、足しげく六波羅に通い、二人の書状を、御台盤所みだいばんどころ の時子の手から、清盛の手もとへ届けたらしいことも察しられる。
思うに、こんな裏面工作や異分子的な者の動きが、禁門きんもん と六波羅との 対峙たいじ を、開戦の風説だけで、五日も六日も、極めてあいまいなものにしていた唯一の原因であったかもしれない。
けれど、二十六日の夜には、もう逼迫ひっぱく しきった戦機が、両軍の間に、みなぎっていた。それは、堂上の評議やら、信頼一味の逡巡しゅんじゅん などは、もう無視し去った空気である。禁中に充満している源氏の将士は、口をそろえて、
「あきらかに、六波羅は戦備を急いでいる。清盛の降伏を待つなど、愚の骨頂だ。兵士を討たいでなんとする。平氏のやから を一掃するのは今だ」
と言い合った。そして、時局の焦点を、すべて、源氏対平家の対立へ、白熱化していた。
今月の九日以来、一本いっぽん 御書所ごしょどころ の内に幽閉されていた上皇後白河の君は、そこへ忍んで来たたれとも知れぬ朝臣あそん たちにおん手をとられて、十八日ぶりで、冬の夜空を仰がれた。
「おんわなな き遊ばしますな。わたくしたちは、決して、御危害を加えに参った者ではありません。世間では、いい騒いでおります。今夜、夜の明けぬ間に、必定、大合戦になるであろうということを。・・・・どうぞ、すぐ、お輿こし にお乗り下さい。仁和にんな へ御供いたしますれば」
そう急きたてる者の顔を見ると、それは上皇もよく御存知の右少弁うしょうべん 成頼なりより であったので、おろおろなされながらも、いうがまま、お身をまか せられた。
成頼たち数人は、輿こし をかついで、上西門の小門まで走った。そこで、上皇を御馬の背へ移しまいらせ、上皇のおつむり の上から、ただの狩衣かりぎぬかず かせて、駆け出した。一人が、馬の口輪を持ち、幾人かが前後について、夢中で、冬の夜を、急いだのである。
上皇は、御馬に れないので、途中二度も、落馬された。それでも、やがて仁和寺の門を近くに見られたときは、
虎口ここう をのがれた思いがするぞ・・・・」
と、落涙あそばした。また、ここの法親王は、上皇の弟君おとうとぎみ にあたるお方でもあった。病人のように、よろない給うて、上皇は御室おむろ の宮深くへ身を隠された。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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