左衛
門督 勧修寺
光頼 は、ぬくっと立ったまま、殿上を見まわして、 「あな、不思議・・・・主上のおわすべき御座
には、江口の浮かれ男 みたいな妙な若者が座り込み、もっと上座におらるべき左大弁
宰相 や、長上
たちも、みな背をかがめて、末座に小さくなっておられるが。── これはそも、妓院の酒飲み場所か、野良
の車座か、よもや宮中ではあるまい」 と、にがにがしそうに言い放った。 信頼は、うつ向いてしまうし、列座の公卿は、しびれたように、居
竦 んでしまった。 勧修寺光頼は、信頼の母の兄にあたる人であり、また惟方
にとっては、実の兄であった。 のみならずこの人は、公卿ながら大豪の人物で、日ごろはめったに物議には加わらないが、動けば何をやるか知れないと、怖
れられている者であった。 「あ・・・・。勧修寺殿でおわすか。お待ちしておりました。お着席を。どうぞ、お着席を」 信頼のそばから、一人が立って、こうみちびくと、光頼は、くわっと、睨めすえて、 「では、やはり宮中か、ここは」 「はっ・・・・」 「宮中なれば、礼も席序
もあろうに、あれなる白粉をつけて若公卿は何者だ」 「近衛新大将兼右大臣信頼卿でいらせられます」 「そんな者を儂
は知らん。近衛大将に、信頼などという者はいない。おそらくは、右衛門督信頼であろうが」 「は、さきごろ、御
除 目
になられまして」 「ばかな! どこに、除目の綸旨
を賜る主上がおいで遊ばすか」 持っていた笏
で、光頼は、自分のひざを烈しく打った。そしてまた笏は、かれの真っ直ぐ伸ばした手と水平に、信頼の顔を指していた。 「信頼。お許
は右衛門督 、この光頼は、左衛門督
である。席序 から申せば、お許
はわしの下座 にいなければならない。しかるに、そんな上座に着いて、わしをどこへ座らせる気か」 「・・・・・・」 「また、今日の公卿僉議とは、何を議すつもりか。列座の諸卿にも訊
きたい。出席せねば、死罪に処すというほどな廟議とは、そも何なのか」 「・・・・・・」 「朝議には、かならず、主上の出御を仰がねばならぬ。── 主上はいずこにおわしますぞ」 「・・・・・・」 「たれも答えのないのは、どうしたものか。あら、奇
っ怪 な」 語気は、烈しさを加え、面は朱をそそいだ。そしてかれは跫音
も荒ららかに小蔀 の廊を通り、荒海の御障子の北、萩
の戸の辺りまで行って、 「惟方っ。何しておるっ」 と、物陰に身を隠していた弟の惟方を見つけて、しかりつけた。 |