探し出されては首を刎
ねられる人びとが、その後も、なお絶えなかった。総じて、この乱に死罪となった公卿武人は、もう百人をくだるまいと言われていた。 末路を奈良の般若野はんにゃの
に終わって、野末に埋い けて捨てられていた前さき
の左大臣頼長の屍かばね すら、滝口たきぐち
の武者を派して掘り起こし、その死を、確かめたほどだった。 「もし、今なお、北面の武者盛遠でいたとしてら、自分も必ず、死者の空骸むくろ
をすら掘りあばく者の手先か、さもなくば、河原に首をさらした一名に数えられていたに違いない。・・・・思えば、袈裟けさ
女じょ は、自分にとって、ふしぎな菩薩ぼさつ
の化身でおわした。ああ、袈裟よ」 文覚もんがく
は、今なお、恋を、捨てていない。 邪恋は断た
った。悲恋の古傷は癒いや した。肉体と精神に耐えうる限りの罪の償つぐな
いもした。── が、袈裟けさ
菩薩ぼさつ は、彼の心の本尊であった。 今宵、彼は、六条の河原に火を焚た
いて、ひとり八月の夜を、明かそうとしている。 いや、一人ではなく、袈裟と二人で。 仏弟子は、弥陀みだ
と二人づれというが、彼は、袈裟と二人連れだった。袈裟けさ
即弥陀みだ 。彼はいつも、淋さび
しくない。 「そうだ、夜の明けぬ間に」 彼は、筆を持った。 河原の小石の一つ一つへ、南無阿弥陀なむあみだ仏ぶつ
を書いてゆく。ここで死罪になった者の施餓鬼せがき
を思い立ったのである。称号を小石一万個に書き、岸の路傍に積んでおけば、道行く人が、それを見て、石を拾って水へ投げ、念仏してくれるにちがいない。 自分ひとりの念仏は、自分のためでしかないと思う。諸人とともに
“あわれ” を観じてもらいたい文覚の所願であった。 今夜で三日目であった。近ごろ、昼は歩けない。信西入道が、自分の逮捕を下吏に命じたと聞いている。それでなくても物騒な都だ。油断は出来ない。 称号の間には、ときどき、過去の亡友の名も書いた。かの人は、いかに。あの友はなお生きているやら。──
加茂川の水音はいつも変わらないが、何と、ここわずか十数年のまの人の流転るてん
よ。ああ輪廻りんね 。何もかも象かたち
あるものは盛衰をまぬかれない。輪廻の外に生きる工夫くふう
が大事だと思う。 「── 少し、残った。明日の夜とするか」 筆と硯すずり
を、笈おい に納め、流れで顔を洗って、立ち去ろうとした。 すると、後ろから、尾つ
いて来る人影があった。夜は白みかけていた。堤どて
へ上ると、後ろの者も上って来る。 振り向いて、わざと見ると、うす汚い小男だ。 「ははあ。放免ほうめん
(密偵) だな」 さっそくに、そう思ったが、文覚が歩きだすと、小男は、近づいて来て、 「ありがとうございます。・・・・この河原といわず、あちこちで、あえなく亡な
くなったたくさんなお方が、さだめし、うかばれておりましょう。ありがとうぞんじます。どうも、ご苦労様でございます」 くり返し、くり返し、小男は、心から礼をいうのである。そして、人なつがしげに、文覚の法衣ころも
の袖にくっついて来る。 「おまえは、この辺の市人いちびと
か」 「いいえ。・・・・」 「何が、そんなにありがたい?」 「同じ思いを、あなた様が、して下さいました。世の中に、ひとつ思いの人があるのを知ったときほど、嬉しいものはございません」 「そうか、では、死罪になった新院方の召使でもあったのか」 「・・・・ま。似たような身の上の者ではございますが」 「無心がある。わしに布施ふせ
せぬか」 「あいにくと、身に何ひとつ、持てる物とてございません。けれど、生命いのち
のほかの物ならば」 「あははは。なんでもくれるか・・・・」 と、文覚は、小男の姿を、朝の光に、じろじろ見直した。なる程、こじきだろう。袴はかま
とも直垂ひたたれ ともいえないボロをまとい、烏帽子えぼし
なしの頭は、ほこりとチリの巣というしかなく、足に草鞋わらじ
さえ、履は いていない。 「申しにくいな。おまえには」 「いえ、仰しゃってみてください。もし、あなた様に、してあげることが出来るものなら、それは私の、今日の一つの喜びになります」 「そう、大げさなことでもないが、一飯の施与にあずかりたいのだ。じつは、昨夕ゆうべ
も食べてない」 「ア。・・・・御飯ですか」 小男は、当惑そのもののような顔をした。いかにもいいにくそうに、詫わ
びていうには、 「じつは、わたくしも、戦いくさ
の後は、宿なしで、今朝の御飯のあてもない者です。毎日、乞食こつじき
して、露命をつないでおりまする。・・・・けれど、後程までに、必ず、御坊のお食事を調えて参ります。── 三条柳ノ水の焼け跡で ── あの御所の井戸のそばで、わたくしが参るまで、お待ち遊ばしてくださいませ」 文覚は、大いに後悔した。あわてて止めた。しかし小男は嬉々として、もう街の辻を、曲がって行った。 |