〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-T 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (二) ──
ほ う げ ん の 巻

2013/03/18 (月) はん にゃ いち (一)

重傷者にきゅう をすえる風習は、そのころよく行われた幼稚な外科療法の一つだった。傷グチのまわりを火で縫うほどたくさんにすえるのである。
出血を防ぎ、筋肉の恢復かいふく も早くするらしい。ことに、夏の合戦では、日がたつと、生身のまま、そこからうじ がわいたりするので、頼長の矢傷の口にも、侍者たちは、やたらに灸をすえた。そして、
(どうか、宇治殿と御対面あるまで、お命の ちますように)
と、舟底に立ち込める線香ともぐさ の煙の中で、祈りあった。
だが、灸の熱さに、意識を かれると、全身の苦痛とともに、呼びさまされる。頼長はおお きな体を、曲げて、
「ア 。・・・・あつい 。痛い。もう、灸はよせ。死んでもよい。灸は、ゆるせ」
と、子供みたいに、悲泣して、訴えた。
その効果には違いない。一椀いちわん のおも湯ものど に通らない重態であったが、やがて、宇治へ着いてからも、細々ほそぼそ と、口がきけるくらいな気力はまだあった。
南都の僧兵を利で誘い、洛内へ突入させようと計っているまに、余りに早く、新院方の敗北が伝えられて来たため、一家を挙げて、奈良興福寺の禅定院へ、逃げ行ったと、里人は、うわさしている。
俊成や経憲たちは、やむなく、人を雇って来て、柴舟の中の重傷者を、こんどは、板輿いたごし ににせて、奈良へ歩いた。
これが、十四日の午前である。
真夜半すぎ、へとへとになって、奈良の口まで、たどりついた。
疲れ果てた身をひきずって、禅定院までは、やっと来たが、そこの門前に、輿を置くと、たれもかも、石だたみの上に、
「── ああ」
といったまま、ヘタばってしまった。
春日の森も、猿沢さるさわ の池も、まだ夜明けには間のある狭霧さぎり のうちに眠っていた。ひとたびは、出動しかけたこのの法師勢も、どこへ潜んだか、灯籠とうろう の灯りのはか、一つの火影、一つの人影も、見あたらない。── 都の戦などは、われ関せず、としているような静寂しじま に見える。
だが、やがてのこと。
俊成、経憲の二人が、門を叩いておとな うと、すぐ内部に人声があった。そして、禅定院の内にある人びとの夢も、決して、ここの天地とともに、まどか に眠っているのではないことが、すぐわかった。
武者が、顔を出した。法師も顔を出す。みな、具足を着、薙刀なぎなた を持っている。寝ずの番に立っていた様子である。
そっと、来意を告げると、一時、騒然と、人の気配が揺らいだが、ふたたび静かになったころ、俊成一名だけが、門の中へ通された。
忠実は、起きていた。
いま起きて、急に、衣服を着直した容子ようす ではない。
俊成は、人心地もなく、かれの前に、ひれ伏した。そして、頼長を連れて、ここまで、やっと落ちのびて来た次第を、逐一話した。
敗戦の状は、ここにいても、忠実は、俊成以上、詳しく、知っていた。── けれど、あれほど頼長を盲愛していたこの老父が、なぜか、
(よくぞ来た。わしも、会いたかった)
とは言わなかった。白きが上に白さを加えたびん の毛や、あごの疎?そぜん に、かすかな、わななきは見せたが、ほとんど、仮面めん のような無表情を、持ちこらえているのである。
ようやくに、忠実は、こう言った。
「やおれ俊成よ。・・・・思うてもみるがいい、氏の長者たるほどの者が、兵仗へいじょう の先にかかって、死をとげるなど、なんたる非業ひごう な末路かよ。── さまで不運な者に対面しても、よしないこと。・・・・俊成よ、たのむ。・・・・どうか、音も聞こえず、まして、眼にもかからぬ所へ、連れ去ってくれい」
言い終わると、かれは、とたんに、血を吐くようにしわぶ いた。五体の骨もバラバラにしてしまう程、泣き伏したまま、背に波を打たせた。
すぐ隣の部屋には、かれが、ここへ抱えて避難させている ── 頼長の妻や、そのほか、たくさんな家族が、みな、寝もやらず、聞き耳たてていたらしい。
それらの人々も、いちどに、隣で、わっと泣いた。泣きすすった。
忠実の言葉は、頼長に対しては、無慈悲きわまるものだったが、その心情には、辛い、老人の分別があった。── もし、ここに門へ、頼長を入れたら、頼長の妻子眷族けんぞく は、みな頼長と同罪に処分されることは疑う余地がない。かれは、頼長を捨てて、むしろ、頼長の妻子や多くの肉親を、助けようとするのであった。
「・・・・・お別れ申し上げまする。おそらくは、これが、最後の」
俊成は、涙の沼からはいあがるように、やかて立って、しごすごそこを出た。
門の外には、板輿が、露に打たれて、なおそのままな位置にzる。
俊成は、板輿に中でうめ きながら待ちぬいた頼長の耳もとへ、忠次の心と、そして言葉とを、ありのまま伝えた。
「・・・・ち。・・・・ち、父上」
板輿が、ガタンと、動いた。頼長が身を起こしかけた途端にである。そして、何か、 びるような言葉を吐いたが、意味はよく分らなかった。胸中のものを、遠くへ、届かせようとする、感情のかたまりみたいな叫びだった。
同時に、もう一度、板輿が、反対の方へ、グラッと揺れたと思うと、中は、深い井戸の底みたいに、しいんとしれしまった。
大臣おとど っ。・・・・頼長さま」
俊成と経憲と、左右から、板輿にすがって叫んでみたが、それきり、いら えはなかった。
頼長は、舌の先を み切って、自害していたのである。
板輿は、そのまま、哀れなるひつぎ となった。
あれほど、権力に執着し、名声や栄花の争奪に、憂き身をやつした左大臣藤原頼長が、最期に、 ちとった物は、まちがいなく、この板輿の柩一個であった。
「── 夜が明けては」
と、俊成たちは、奈良坂を暗いうちに降りて、般若野はんにゃの へ急いだ。
そして、野末に穴を掘るのすら、人眼を恐れながら、板輿のまま頼長の遺骸なきがら を、そこの土中に けた。
俊成は、その場で髪を切って、同じ穴へ投げ込んだ。経憲も、ほか二、三人も、それにならった。とはいえこの先の運命は、自分自身にも分らない。ただ、ひとまず出家して、沙門しゃもん の蔭に頼るほかはなく、やがて、思い思いに別れ去った。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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