恋人は、誓いを、証
しだてた。 都の街の人びとは、戦いくさ
の兆きざ しに、家財や病人を負って、逃げまどったが、内裏方のお味方の第一に、下野守義朝ありと聞いて、常盤は、恐怖よりも、悲しみよりも、男が自分を裏切っていなかった歓びに、胸が鳴った。 男の軍旗は、自分への、愛の証明に、そこに立ったような気持すら、するのであった。 「二人の恋は、曠は
れての恋になった。もう、だれの前でも、わが良人つま
は、源義朝と、いうことが出来る」 それを、第一に分かってくれるお人は、彼女の主人であった。呈子しめこ
は、こうなって初めて、常盤の前で常盤の恋人のうわさを、口にした。 「八条の女院 (美福) にも、それはたいへんな、およろこびですよ。そして、義朝のことを、聞きしに勝るよい武者ではある。見るからに、頼もしげなる味方よと、口をきわめて、お賞ほ
めになっておられましたぞや」 常盤は、自分が賞められたように、肩身の広い心地がした。 世間は物騒なので、その日はもう、外出はしないように、と戒いまい
められていたが、うれしさを、老母にも告げ、まだ聞き分けもないが、恋人の和子たちにも、言って聞かせたいような心に駆か
られて、夕方の御用をすますと、遠くもない、わが家の軒まで、被衣かずき
をかずいて、急いで行った。 まだ、花を持たない夏萩なつはぎ
が、檜垣ひがき の木戸に、もたれていた。そこを、はいらぬ前から、常盤の耳には、子どもの声が、もう聞こえている
── 「あっ、もしっ。・・・・常盤ときわ
御前ごぜ ではおざらぬか」 うしろの声に、彼女は、手をかけていた木戸の袖そで
に、無意識に、身をちぢめ、 「どなたですか・・・・?」 と、用心深く、具足をまとった男の影を、見まもった。 「下野守様のお使いの者です」 「え、義朝様の。・・・・では、殿の郎党でいらっしゃるか」 「そうです。──
都の内では、あすにも、合戦のちまたろなるやも知れぬゆえ、どこぞ田舎いなか
へ、お立ち退きあるようにというお言伝てでした」 「さ。それを、老母とも、今宵のうちによく話し合おうと思っておりますが」 「和子様たちは、お変わりもございませぬか」 「ええ、ふたりとも、すこやかに」 「上の和子様は・・・・お幾つでございましたかな」 「三つです。下もまだ、乳欲しやの、幾月にもならぬ嬰児みどりご
。御陣中でも、殿にも、おりには思い出されていらっしゃいますか」 「それはもう・・・・」 と、男は、口をにごして、 「お名は、なんと、仰せられましたか」 「上は、今若。ことし生まれの、下の和子は」 言いかけたが、ふと、妙なと、気がついて、常盤は、郎党の姿を、見直した。すると男は急に、何か、意味の直言葉を投げて、風のごとく、駈け去った。 「なんであろう?
・・・・不気味なことよの」 一足ちがいに、義朝のほんとの郎党たちが、十名ほど、来たのである。義朝の命を受け、夜のうちの、老母や幼な子たちを、嵯峨さが
の奥へ、避難させるようにというので、急に、手まわりの物など、まとめ始めた。 先の男は、何者であったのか、義朝の郎党たちも、知らないというし、常盤には、なおさら思い当たりもなかった。
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