果たして、鳥羽の崩御とともに、後白河を立てた美福門院や忠通の内裏方と、新院崇徳を擁する頼長、その他、彼の与類とは、ま二つに、割れた。 ──
が、呈子は、今日まで、自分の身近に仕えている常盤と義朝との関係は、女院へも、忠通へも、おくびにすら、聞かせたことはない。 たちどころに、常盤の恋が破られるか、ここを追われるか、いずれにせよ、彼女を悲しませることは、分かり過ぎていた。 常盤も、呈子のやさしい心ひとつで、今やおそろしい世の風浪から庇
われている身であることを、よく知っていた。弱い、うら若い、女の手ひとつに、恋人が珠とも愛め
でている男の子二人を、守り育てるには、余りに、恐ろしいような世情であった。── 義朝と会うことすら、日ましに、人目がはばかられて、待つ宵も、別れる後朝きぬぎぬ
も、おたがいに、白刃を踏むような思いをしなければならなかった。 が、その恐さ、世間のけわしさが、苛さいな
めば苛むほど、逢いたさが、つのった。 ある宵は、常盤の老母の家で、郎党に見張りをさせて、つかの間の、甘い涙に濡れたり、ある夜の後朝きぬぎぬ
には、九条院の榎門を、おどり越えて、有明けの月をあとに、外へ飛び降りる恋人の影を見送ったり、恋も、戦乱に尖と
がる世上とともに、何か、熱病に憑つ
かれたような、生命いのち がけのものになっていた。 「泣くな・・・・。よしや、合戦になろうが、そなたを、捨てはしない。どうして、この無心な、可愛い和子らを、敵方にまわせよう」 ある夜、義朝は笑っていった。彼女の頬ほお
に濡れついている黒髪を、一すじ一すじ、指で、美しい耳のうしろへ梳す
いてやりながら、その耳へ、ささやいた。 「たれにもいうな。・・・・もし、戦いとなれば、おれは、ためらいなく、武者所の兵をこぞって、内裏の守護につく。左大臣家に、一片のお義理はあるが、下野守は、朝廷の任命だし、おれはまた、彼らの私兵ではないからな。それに悪左府は、末たのもしくない人だ。たとえ、父為義や、弟どもが、何と言おうが、おれは朝廷の武臣として、新院へは、お味方せぬ。・・・・のい常盤。それだけを、誓っておいたら、何も、泣くにはあたるまいが。そなたの仕える御方へも、美福門院にも、また一座ノ君
(忠通) へも、身のひけることはないはずだ。むしろ、心で誇れ。わが良人つま
の義朝こそは、内裏方のお味方随一なれと」 義朝の両の手は、彼女の顔を、持つように抱えた。 にこと、ほほ笑む唇を、唇でふさがれ、まつ毛をふさぎながら、うれし涙がとまらない常盤であった。ふところに、子は眠っていたが、若い父母は、嬰児みどりご
がちっそくしそうになるのも忘れて、蒸れる乳の香と涙におぼれて、一ときの官能を、世音の外のものにしていた。 |