〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-T 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (二) ──
九 重 の 巻

2013/03/05 (火) 白 旗 の 下 (五)

しよく を、持ってまいりました。開けてもよろしいでしょうか」
しとみ のすきに、灯影がゆらぎ、息子のうちの、一人らしい声がした。
たれも来るなと、いいつけてあったからであろう。為義が、はいれと言うと、年ごろ十八ばかりの、大柄な小冠者が、妻戸を開け、客と父との間に、菊燈台をおいて、退りかけた。
「待て、待て。・・・・八朗」
と、為義は、その小冠者を、傍らに止めて、さて、教長に改まって言うのであった。
わつぱ のころから、悪名は高いので、ご存じかも知れませんが、これは久しく西国に追いやっていた、鎮西八朗為朝といい、わたくしの八男です。子どもは、数ありますが、いくさ のまねごとでも出来そうな者は、この八朗か、長男の義朝ぐらいで、他は、さしたるお役にも立ちそうにありません。すでに、義朝は、親兄弟にも何の相談もなく、内裏方へお味方に参じ、多年、恩顧の頼長公にそむくばかりか、新院に敵対し奉ること、親としても、何とも申し開きもおざらぬ。ついては、この八朗為朝を、老骨の自分に代わって、新院のご麾下きか にさしあげたいと思うのです。八朗をお召し下さるまいか。・・・・八朗。そちの意志は、どうだ」
「参りまする」
為朝は、大きな手を、ゆか について、ぎょろりと、教長を見、父を見上げた。
「父上のおん身代わりとあれば、なおのこと、よろこんで、新院の御陣へ、 せ参じまする」
すると、これはまた、為義にも、教長にも、意外であったことには、とたんに、外の妻戸の蔭や、 えん に、さっきから、かが まりあっていたらしい他の息子どもが、どやどやと、一せいに、入って来て、そこに、ずらりと、手をつかえたのであった。
「父上っ。末の八朗だけを、新院のお味方へおやりになるのは、いかがなわけですか」
「われらは、者の役に立つまいとは、余にも、心外なおことばです」
「立つか、立たぬか、この四郎頼賢も、おつかわしの上、見ていてください」
「いや、掃部助頼仲も、参じます」
「加茂六郎為宗とて、決して、父上の名を、辱かしめはいたしません。八朗が、参るほどなら、どうでも、わたくしも参ります」
教長は、唖然としており、為義も、はちきれそうな、それらの顔が、口々に自己の生命を引っ提げていう結束された若い意志の強さに、ただただあきれ見まもるばかりであった。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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