新院の近習
、教長は、 「わたくしも、じつに辛つら
い」 と、為義に会うと、まず、言った。 「かかる辛いお使いに立ったことは、長い殿上生活のもありません。が、院宣です。四たびの勅を奉じて、最後の、御返答を、うかがいに来た。──為義どの、どうでしょう、御決意は」 「何度、申しあぐるも同じです。どうぞ、上皇にも、頼長公にも、為義は、はや耄碌もうろく
の体に見ゆると、仰っしゃておいてください」 「いや、お気持は、わたくしには、分かっておる。が、頼長公は、例のお声で叱咤しった
されます。── 為義に、何の否やがあろうや。年来、源家げんけ
を庇護ひご して来たのは、何のためか。六条源氏の一類が、よも、この期ご
に至って、宇治の忠実、頼長を、裏切りもすまい。また、新院の御敗北を、願っているわけでもあるまい。かように、お耳もかす気色けしき
ではありません」 「── と、仰せられても、何分にも、自分は老年、せがれどもとて、お役に立つほどな者は」 「いや、いや。左衛門尉為義のお味方ありと、聞こえれば、よいのです。御参陣あるまでは、軍議も開かじと、白河北殿の院の諸勢は、ひたすら、御出馬を待っておる」 「ああ、身は、ひとつ」 と為義は答える言葉がなくなって、つぶやいた。そして、教長と、果てなく、うつろな眼を、見あわせてしまった。 この左京大夫教長は、さきに、兄徳大寺内大臣実能の許へ、今度のことで相談に行ったことがある。新院のおん企みを、切に、お諫いさ
めすべき彼なのであった。ところが、四囲の勢いに引きずられ、諫奏かんそう
どころか、かえって、人を渦中に巻き込む使いに立ってしまったのである。この矛盾を、教長は、みずから心で責めている、為義に、蹶起けっき
を迫りながら、じつは自分自身、禍乱の中から逃げ出したい気持で一ぱいだった。 「オ。・・・・実は昨夜、夢を見ましてな」 為義は、ふいに言い出した。 使者が、復命しやすいように、口実を、思いついたものらしい。 「え。夢を・・・・ですか」 「されば、わが家に伝わる鎧よろい
がある。月数つきかず 、日数ひかず
、源太げんた 産衣うぶぎ
、八龍、沢瀉おもだか 、薄金うすがね
、楯無たてなし 、膝丸ひざまる
の八領です。── それが、狂風に吹かれて、ぼろ布きれ
のように、空へ飛び散ったと見て醒さ
めました。実に悪夢です。いよいよ、この際は慎むべきだと、今日もせがれどもと、話していたところでした。どうか、このたびの軍議は、余人にお謀はか
りください。軍いくさ には、いささかの凶も忌い
む。為義には、凶の影があります」 「はて、武将のあなたが、夢見や物忌みをおそれるのは、少しおかしい。さような御返辞では、帰れぬが」 「弱りましたなあ、ほかに、申しあぐべきお答えも持たぬ」 「自分も、今宵こそは、空しく、立帰りもできぬ。お悩みは察せられるが、夜が白しら
むまでも、よい御決意を承らぬうちは・・・・」 気がつくと、二人は、もう宵に入ってからの久しい間を、燈火ともしび
もなく、真っ暗な中で、対座していたのであった。 |