その夜。 洛外
の嵯峨さが の里から西北の山へ向かって、一群四、五十名の武者の影が、足を早めて、よじ登って行くのが見られた。 いずこの武者とも知れなかったが、やがてのこと、愛宕五峰の一端に、人数をまとめて、何やらしめし合わせていた。そして程なく、天台四坊、真言二坊など、そこらの諸堂を見過ごして、真っ直ぐに、愛宕権現の別当、浄明の私邸へ向かい、門をたたいて呼ばわった。 「これは、鳥羽院の武者所むしゃどころ
、安芸守平ノ清盛が手勢なれ。当山、奥の院、太郎坊天狗の御像に、呪符じゅふ
を打って、先帝のおん齢を縮めまいらせたりと、訴人に及んだ者がある。すなわち、法皇の御命を奉じ、清盛、虚実を検あらた
めにこれへ参ったり。すぐ、奥の院へ、案内めされよ。── 惑うて、益なき異議を立て、意勅の大罪を蒙こうむ
られな」 一時、屋の内は、騒然と鳴っていたが、やがて、浄明が出て来て、清盛へ言った。 「勅とあれば、宣旨を、捧持ほうじ
あろう。ねがわくは、拝を得たい」 「おう、下座に、おわせ」 浄明が、血に座ったのを見て、清盛は、宣旨を示した。 「正まさ
しゅう・・・・」 と、浄明はうなずいて、 「否やはありません。ただちに、お扉とびら
をお開けしよう。いざお越しを」 と、山僧、山侍などに、松明たいまつ
を持たせ、自身、先に立って、奥の院へ行った。 昼さえ暗い大杉の密林に、文武天皇の大宝年中、役えん
の小角しょうかく が据えたとなす、太郎坊天狗の一堂がある。 浄明の影が、御扉の前に立つ。鍵かぎ
の音が、異様にひびく。 火光が堂の中に満ちた。ゆらゆら赤く不気味にそれは揺れる。清盛は、眼の前に、魁偉かいい
な天狗の像を見出した。天狗の両眼には、釘くぎ
が打ち込んであった。 「おおっ・・・・ 釘が?」 それは、彼だけの声ではない。 浄明とともに、どやどやと混み入った、すべての者の、驚きだった。 清盛としては、信西入道から
「たしかめよ」 と、言われた言葉の事実を見ただけである。意外とはしなかったが、いい気持ではない。やはり呪詛じゅそ
はきくものかと、おそろしさに、五体が硬こわ
ばった。ゆめ、侮ずるべきではないと、若年から自分の不信を戒めるような気が、にわかに、背筋を這いまわった。 「よしっ、見届けた。かくの通り、お答えするまで」 しこし、あわて気味に、清盛は外へ出た。そして、堂の扉に、封印を命じた。 連れて来た武者の大部分を、そこの守りに残し、彼は、夜通しで、院の御所へ立ち帰った。 すぐ信西に、復命した。──
その時、信西は、かつて、この人が、他人に見せたこともないほどな、大きな眼を、くわっと、清盛に見せて、 「うム、そうか。・・・・果たして!」 と、うなずいた。
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