〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-] 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (一) ──
九 重 の 巻

2013/02/24 (日) 幼 帝 御 一 世 (三)

宣旨の発せられるや、中外、みな、大いに驚いたとある。
またぞろ、どんな秘事があったのかと、いやが上にも、朝廷と仙洞、そして、忠通や頼長などの動きに、人びとの心は、過敏になった。
── けれど、時の人、悪左府頼長の盛運も、わりあい、短かった。
むりに ち取った人為の権力名声のもろ さである。また、時の人びとに評させらば、それは肉親を犠牲としてもぎ った報いの当然とも、後では言う。
何にしても、童帝の朝覲欠礼のあった仁平元年一月から、わずか五年の久寿二年 (この間にも改元) ── 正しくは、四年半目の、七月二十三日に、彼の全盛は、終止符を打たれた。
その久寿二年の春のころから、近衛天皇は、ずっと、御不予であったが、同年七月二十三日、清涼殿のひさし ノ間で、ついに崩御あらせられた。
宝算なおまだ、御十七。
遺骸いがい は、八月一日、船岡山の西野で火葬し、鳥羽の里、案楽寿院の南の陵に、埋葬された。── しかし頼長はまだ、夢にも気づかずにいた。この大葬が、彼自身にとっても、彼の権力や驕慢きょうまん の冠を同時に、葬うものであったということを。
著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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