やはりないない、お気にかけておられるにはちがいない。 立后問題で、忠通に、煮え湯を飲ませたのは、誰でもない、法皇御自身であった。 寝覚めが、おわるいお悪いはずである。 それか、あらぬか、ある時、忠実が仙洞
へ伺うと、法皇の方から、いい出された。 「── 桂の別荘へ、病やまい
を問うてやったところ、使者の言葉では、さほど、悪い容態体とも見えぬというが・・・・いったい、忠通は、何が気に入らないで、引き籠っているのであろうか」 忠実は、それについて、内心、法皇の御気色を窺うかが
っていたおりである。 「いや、親の口から申すのも、異なものですが、忠通には、自分の心のままにならぬと、身の重責も忘れるようなわがままな性格が、若年からあるのです。・・・・それというのも、詩歌の道へ、余り心を入れすぎるせいかと、おりおり、意見も試みますが、性格的に、どうも、政治には、身が入りません。──
ややもすると、閑をぬすみ、花鳥風月にみを、こととして時局の難も、お上かみ
の御軫念ごしんねん も思わず、懶ものう
げな風があって、まことに、困り者です」 「ほう、そうかの、以前の忠通は、風雅みやび
の中にも、なかなか政務にも、熱心であったが」 「何事も、彼の気ままにさせておけば、あるいは、さようかも知れませぬ。・・・・が、ひとたび、鬱ふさ
ぎこむと、近来のように、女々めめ
しゅう、拗す ねてばかりいて・・・・」 忠実は、ここで、と思った。いまこそ、法皇へ、密奏すべきよい機しお
と、考えたらしい。いちど、言葉を切り、また、重げに眉まゆ
をあげて、奏した。 「忠実も、はや老齢、行く末、心がかりは、その一事だけです。・・・・で、実は先ごろから、忠通にむかい、幾回となく、彼の同意を求めますが、なかなか、老父の意見をきいてくれようとは致しません」 「ふうむ。・・・・老公、それはまた、どういう、はなしかの?」 「摂政の任を、頼長へ譲るがよいと、諭さと
しております。── なぜなれば、。頼長は、今上の外舅、実際に、主上の輔弼ほひつ
に当っている頼長ですから」 「・・・・うム」 「しかるに忠通は、めったに、参内もせず、時務のとどこおりは、申すまでもありません。ために、主上御身辺のことも、頼長にには裁可も出来ぬ事が往々あります。──
いわば摂政は空名、あって、害あるのみですから、むしろ弟頼長にゆずり、自身は関白にとどまれと、先日来、もう十回以上も、説得に務つと
めていますが、忠通は、肯き きいれる容子ようす
も見せません。・・・・ねがわくは、いちど、お召し遊ばして、彼へ、御一言を賜わるなれば、忠通とて、よもこれ以上は、拒み得まいかと思われますが・・・・」 と、巧みに、法皇を動かし奉った。
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