そこで、経宗は、次の日、忠通を訪れた。 忠通も、ひがんでいた。何よりは、老父の偏愛による冷たさである。また、弟の頼長が、あちこちで、忠通を誹謗
していることも聞こえている。ひとの苦衷や立場は、何も思いやらず、ただ我意と権勢欲にばかり燃えている骨肉たちが ── 骨肉だけに、なおさら、厭悪えんお
されて、たまらない。東三条へ顔出しするのも知ってはいるが、相見るのも今はいやだと言う感情の殻の中に、耐えているところだった。 経宗は、愚痴の聞き役にされた。しかし、常識家で温雅な風もある忠通だけに、愚痴のあとは、涙すらうかべ、経宗のすすめにまかせて、やがて、東三条亭に、老父の忠実を見舞った。 その一夕は、睦むつ
まじかった。 忠通は、平和な気持で帰館した。そして、 次の日、老父と誓ったとおり、鳥羽院に登殿して、法皇に謁し、あらためて、忠通から伏奏した。 「どうか、老父忠実の切なる請いを、容い
れてやってください。さもないと、臣は、父には不幸の子となり、舎弟からは、肉親をあざむいた冷血な兄だと怨うら
まれます。ひとたび、骨肉の相克をかもすと、火宅の思いで、夜も眠れません。顕栄、何かあらんです。 ── 忠通は何も欲しません。ただ、老父の意がかなえば、終生、御鴻恩ごこうおん
を肝きも に銘じて忘れますまい」 忠通は、自分の言葉に、自分の感傷を衝つ
かれて、ついに、君前も覚えず、潸然さんぜん
と、涙の中に、ひれ伏してしまった。 法皇は、終始、お口をとじておられる。ふと、忠通の姿には、お目を反そ
らされた。そしてなお、黙しつづけ、わずかに、御座を離るるにあたって、 「いずれ」 と、仰っしゃっただけで、立たれてしまった。 |