都に近い宇治にいても、その頼長を、半月も見ないと、風邪
でもひいたか、また、酒でも飲み過ぎたかと、幾歳いくつ
になっても、子を子どもに思っているこの老父は、今、眼をまろくして、突然な、頼長の訪れを、いぶかった。 「どうしたのじゃ、頼長、車にも召さいで、騎馬駈けとは。・・・・暁の狩猟かり
にでも出て、立ち寄られたか」 「狩猟どころではありません。残念です。頼長は、まんまと、欺あざむ
かれました」 「た、たれにの? ・・・・ 欺かれたとは、何事うぃか」 「多子の儀です。立后の約束は、反古ほご
にされました。近く、中納言伊通これみち
のむすめ呈子しめこ が、兄の法性寺殿の子として、入内されることになりました」 「なに、忠通が、呈子の親となって、呈子を、入内させるとかよ?
・・・・そ、それは、たれが申したぞ」 「人も、申します。法皇も御書をもって、わたくしへ、諒りよう
せよと、仰せられました。黙っているのは、兄だけです。法性寺殿だけが、この弟へ、知らぬ顔です」 頼長は、早口に、事実を、話した。 話の筋は、ありのままを告げたにすぎない。けれど、頼長の感情は、それに脈を搏う
たせた。眼まな ざししからも、憤怒を放つ語気であった。──
日ごろですら、ここへ来ると、無意識に、末子の甘え癖が出て、何がな、老父の痩躯そうく
から、乏しい、燃え残りの愛情を引き出して、その盲愛に浸らないでは、あった様な気がしない大人なのである。 「そうか。ああ、それとは、わしも思い及ばなかった」 忠実は、長嘆して、眉雪びせつ
の下の、うすい瞼まぶた の皮をふさいだ。しかし、頼長の悄しお
れ方を見ると、強いて、生命力をかきたてるように、肱を張っていった。 「ま、落ちつけい。わしに任まか
せい。・・・・忠実は老いてはいない。子のため、まだまだ老いてはならぬとしておるよ。仙洞せんとう
へまかり出て、直々じきじき 、奏上のうえ、黒白を明らかにしてみせる。何人の策謀であれ、打ち砕かいでおこうか。頼長よ、わしも、きょうのみは、駒こま
の背で行く。父子、口輪を並べて、急ごうぞ」 その日、ただちに、忠実は、頼長とともに、京へ出た。 |