彼と鎧 のことでは、なお、後日譚ごじつたん
がある。 その年の、十一月である。 一年の幽居を解かれ、また、多額な贖銅も、官庫へ納めおえて、清盛は、罪なき身となり、ふたたび院へ出仕することになった四、五日前のこと、 「安芸どのの、おん前に、合わせる面おもて
もない者では、おざるが・・・・」 と、駒寄/rb>こまよ
せの式台に、へたばって、泣かんばかりに、目通りをこう者がある。 押野呂であった。かれは、奥へ通されると、その猫背/rb>ねこぜ
をいよいよかたく屈/rb>かが めたきりで、 「どうか、先頃の、悪態は、思慮のない、工匠気質/rb>たくみかたぎ
の囈言/rb>たわむれごと と、お聞き流しくだされい」 と、皺/rb>しわ
びたいに、汗をうかして、わび入るのだった。 「おやじ、いかが致したかよ?」 清盛が、笑って、訊/rb>き
いてみると、こうである。 この間は、腹立ち紛れに、膠鍋/rb>にかわなべ
を投げつけて、悪口を申し上げたが、実はその後、あの日の蓮台野のことを、ご当家の郎党から、のれ伺って ── さては、そういう優しいお心でのことか ──と、なんども、ひとり恥じ入りました
── というのである。 畜類にさえ、そうしたお慈悲を持つお方のおん鎧/rb>よろい
なれば、鎧師として、お願いしても、是非作らせていただきたい。武者とは、弓勢/rb>ゆんぜい
ばかりの強さでなく、あなた様のように “もののあわれ” も持って欲しい。まことの武者に召せれるものこそ、鎧師もまた、善意と良心をもって、仕事に打ち込む張り合いをかきたてられます。──実は、そうして仕上げたおあつらえの物を、今日持ってまいりました。改めて、どうかお座わきへ、お納め願いたいと存じまして
── 彼は、携えて来た一領/rb>いちりょう
の美々/rb>びび しい鎧具足を、氏神へでも供えるように、清盛の前において、誇りも言わず、偏屈も出さず、ただ清盛の満足を見て、満足とし、やがて、いそいそ帰って行った。 幽居の解かれたのも、のびのびしたし、鎧のできたのも嬉しかった上に、もうひとつ、彼の妻にも、よろこびがあった。
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