「御注文の、おん鎧 のことで、参じまいてござりますが」 居職いじょく
の老人にはよくあるせむしのような猫背ねこぜ
の鎧師である。むっそりと、ふくれ面づら
して、清盛に言う。 押麻呂作りの鎧といえば、武者仲間では、珍重物だった。彼の作品は、おどし糸のヨリから小札こざね
の一枚一枚にまで、良心がこもっているといわれている。その代わりに、驚くべき高価であり、また、たやすくは、注文に応じない偏屈な翁だとも聞いていたのを、清盛は、一領の小桜縅こざくらおどし
をあつらえて、ようやく、望みを遂げ、近いうちに、見られることになっていた。 「お好みの、染め革もでき、金具の鍍金ときん
、縅、菱板ひしいた 、草摺きさずり
と、何から何まで、仕上がるばかりになりまいて、ただ一つ、お約束の狐きつね
の生き皮が届いてまいりませぬ。あれや一体、どういうことにしておきましょうな?」 押麻呂は、その催促で、来たのだった。 生き皮を、鎧の利き
き所に使うのが、彼の特技とかで、清盛があつらえた時も、二枚の狐の生き皮を、押麻呂の指定する日に、届けることが、条件となっていた。 その二枚は、綿噛わたが
みの裏打と、胴裏の裾すそ まわりと、双そう
の脇当わきあて に使うのであるそうだが、脱脂だつし
していない生皮なまがわ をはるには、膠にかわ
の煮込みに、むずかしい技術がいるし、何よりは、幾十時間も炭火でトロトロ煮上がったときに、すぐ生き皮の現品がないと、せっかくの膠がムダになるのだともいう。 「お約束の日に、待ま
ち呆ぼ けをくい、膠のムダ煮を、何度やったことかよ」
と、この名人気質の翁は、腹を立てて、責めるのである。 「── ただの皮を使うなら、おやすいことじゃ。ただし、そんな鎧でよろしいなら、世間に鎧師はたくさんにおる。どうか、ほかへお命じくだされい」 「いや、悪かった。怒るな。そう怒るなよ老爺おやじ
」 と、清盛は、彼の気性からいっても、無理はないと、あわてて詫びた。 「その都度つど
、家人けにん を狩にやっては見たが、いつも雉子きじ
、兎うさぎ などばかり採って来て、かんじんな狐が獲られぬのだよ。今度は、おれ自身、出かけてみる。──
そうだ、日限を約しておこう」 「また、待ち呆けでおざろうが」 「いんにゃ。かならず」 「勿体もつたい
をつけるわけではおざらぬが、膠煮には、秘伝もおざって、童わらべ
弟子でし や女手などには、まかせておけぬ仕事なのじゃ。炭火の加減、さい湯、練り、あわ立ちなど、二夜も、精魂込めて、見ておらにゃなりませぬ。・・・・ところが、生き皮は来ぬ。膠はもどる。また、忌々いまいま
しくも、ムダびして、捨てるときの腹立たしさと、いったらない」 「いや、今度は、違たが
えぬ。明後日のたそがれでは、どうだな。灯ともしごろまでに、きっと、和主わぬし
の宿まで、清盛、自身で届けにゆくが」 「御自身でな?」 「人だのみでは、また、心もとない」 「が、今度も、約を違えたら、どう召さる?」 「罰として、贖銅しょくどう
(罰金のこと) の刑でも、何でも、承ろうよ」 「わははは。あははは」 押麻呂は、猫背ねこぜ
を伸ばして、ひざをたたいた。 「── よろしい。日吉ひえ
山王の神輿へすら、一矢を射た安芸殿のことじゃ。御一言を信じようわい。・・・・では、さっそくに家に帰って、膠の煮込みにかかり、明後日の灯ともしごろには、お待ちしておりますぞい」 |