「院には、なんの誠意も見られぬ。諸願の儀は、二件とも、突っ返された。加賀白山の一ヵ条だに、裁可ある見込みはない。このうえは、神輿を奉じて、法皇の蒙
を、ひらき奉れ」 いま、鳥羽院から帰って来た横川よかわ
ノ実相坊や止観院ノ如空坊は、ここに交渉の帰結を待っていた二千余の大衆に向かって、感神院の石段の上から、交渉の決裂を、揚言した。 大衆は、憤激して、 「行けっ。懲こ
らしめろ」 と、すぐ身支度にかかり、神輿の動座にむらがった。 動座に先だって、百星にまがう燈明がともされた。祗園の林も煙るばかりに護摩ごま
をたく。梵音ぼんおん 、磬音けいおん
の仏楽ぶつがく は、出陣の鉦鼓しょうこ
に似ていた。何か、ものすさまじい呪気じゅき
がただよう。やがて、白丁はくちょう
を着た人びとの肩に、担にな い出された日吉ひえ
山王の神輿は、金色さんらんと、陽ひ
を照り返し、大衆の鬨とき の声に乗って、ゆら、ゆら、ふもとの大路へむかって進んで来た。 と、。突然。 「囚徒ども。待てっ」 と、どなって、神輿の行く前に、立ちふさがった一個の男がある。 なんのかざりもない、鉄くろがね
のかぶとをかぶり、荒目の具足を着、わらじわはき、手に強弓ごうきゅう
をたずさえていた。 すこし、うしろに、彼の義弟時忠と、平六の二人が、無手ではあるが、まるで、仮面めん
のような、硬直した顔をそろえて、突っ立っていた。 「── 鳥羽院に仕える安芸守平ノ清盛とは、おれだ。叡山えいざん
に人間がいるならば、これへ出て、人間の言葉を聞け、凶徒どもの中には、物の分かる人間もいるだろうに」 何か、真っ黒な、等身大の阿修羅あしゅら
の彫刻でも口をあいて、怒鳴っているように、その姿は見えた。 この不敵な男の態度と、言葉に、山法師の大群は、勃然ぼつぜん
と、怒りを逆巻いて、 「すわ! 清盛ぞ」 「葬ほうむ
れ。血まつりに」 と、吠ほ
え猛たけ った。 大法師の如空坊、実相坊、乗円坊などは、さすがに、あわてもしなかった。ひきいる大衆を制止して、こうなだめた。 「いや、いわせてみろ、何を吐ほ
ざくか。── 手を出すな。まず、いわせてみるがいい」 その間に、神人じしん
たちの、白い群は、 「神輿を汚けが
すな。神輿を」 と、うしろへ、うしりへと、列を、押しもどした。 |