清盛には、彼らのその色めきが、何を語っているものか、よく分かった。彼は、汗だらけな顔を、左右の、甲冑
の陣列へ向けて、にこにこ笑って通った。大きな耳までは笑っているように見える。そのあとについて行く時忠、平六のしおれ方とは、余りに、対蹠的たいしょてき
に見えた。 「御坪おつぼ
の召次めしつぎ の廊に、ひかえて待て」 と、二人を残して、清盛は、院司所いんしどころ
の中門へ入った。院における彼の資格は “近衛ノ将曹しょうそう
” だったから、そこまでは、許しも待たず、通れるのである。 院司、別当べっとう
などをはじめ、公卿たちは、嵐の直前にさらされたような顔を集めていた。簾れん
をへだてて、法皇のお姿も仰がれた。清盛は、自己の思うところを、率直に、上申に出たものらしい。しばらく、庭上にひざまずいていた。 奏聞の結果、清盛の願いは、聞き届けられた。彼の申し出は、 (叡山の真の目的は、加賀白山の荘園にありましょうが、火を点じた者は、自分の家人けにん
でした。責任は、清盛が負うべきです。何とぞ、対叡山の始末は、わたくし一身に、おまかせ願いとう存じます) と、言うにあった。 どうして、大衆を、説と
きつけて、ことなく神輿を山へ引きあげさすか。その手段は如何いか
に。何ぞ、条件でも与えるのか。── などと質ただ
したくも、事態は、焦眉しょうび
の急である。ただ恟々きょうきょう
たる公卿たちが、質問を出す余裕もない。 公卿たちは、ただ、口をそろえて、清盛に、念を押した。くどいほど、おそれて、言った。 「安芸。── 大事ないか。さような、ひとりのみ込みの、掛け合いに向かって、よろしいのか」 「これ以上、院の御難儀を、求めることはあるまいの」 「過ちに、過ちを、重ねるなよ。彼らの怒りに、油をそそぐまいぞ。構えて、堪忍を、守りとして臨めよ」 法皇の御聴許だけが、ただ一つ、清盛の得た強味なのである。彼は、ニコとして、殿上へ礼をして、起た
った。 「ご安心ください。かならず、一命にかけて、御守護の任を、全うして御覧に入れます」 |