若いせいもある。めずらしいのである。が、清盛は、性格的に建築好きであった。 六波羅
に、新居を建てて、、移ってからも、のべつ工匠たくみ
を入れて、どこかいじっていないと、気がすまない。 敷地の近くを、清水寺の山から落ちてくる音羽川が、流れている。妻の実家さと
の、水薬師の泉殿を思い出して、 「あの流れを、屋敷の内へ、引きたいものだ」 と、いうと、妻の時子も、 「ええ、あの流れが、屋敷の内にあれば、わたくしはまた、滋子しげこ
を相手に糸を染めて、織娘おりこ
を雇い、まだ世間にない色々な色地や模様を考えて、あなたにも、子たちにも、珍しい衣装を着せてあげましょうもの・・・・」 と、言った。 時子は、少女の頃、宮中の更衣こうい
ノ間ま に、しばらく、仕えていたこともあり、縫殿ぬいどの
では、たえず貴人の衣服を手がけていたので、刺繍ししゅう
や、染色には、興味を持ち、自分でも、手工に自信があるらしかった。 「それはいい。・・・・そうだ、そなたが、滋子と二人で、泉殿の下で、糸を染めていたあの日の姿を、この新しい家でも、見たいな」 清盛はすぐその気になって、さっそく、土木の小工事にかからせた。──
それが、夏になって、出来上がったのである。 時子も、今は、三人の母だし、思いつきは言ってみても、なかなか実際には、家庭手芸などしているすきはなかったが、そこは幸せな良人おっと
で、清盛は、とうに、そんな約束は忘れ顔だった。 「いいなあ。水を引いたので、水に引かれて、螢ほたる
も飛ぶぞ。・・・・そうだ、いちど、父上にも、見ていただこう」 「その夜、ちょうど、神輿の大衆が、入洛じゅらく
した晩 ── 忠盛と、後添のちぞ
えの有子は、二人連れで、この息子の新居に、招かれていたのである。 有子と、時子とは、姉妹のようだった。 孫たちをなかに、そう二人が、むつまじいのを見て、忠盛は、うれしかったし、また、かつての、ずぼら息子が、院の御信任の得て、安芸守あきのかみ
に任官し、こうして、屋敷の一つも、建てたかと思うと、そぞろ、酒のときにも、回顧の情が伴った。 「舎弟の経盛つねもり
も、お連れになればようございましたな。── あれがいれば、笛でも吹かせましたのに」 清盛も、微酔を楽しみ、何か、今が人生の、いちばんいい時にあるように思えた。 「笛がお好きですか
──」 と、義母の有子が言った。 「── もし、ここにあるならば、何か、わたくしが吹きましょうか」 「それは、願うてもないこと・・・・時子、笛を出せ」 水辺の螢を見ながら、酒をふくみ、有子の笛を聞いているうちに、忠盛は、欄にもたれて、居眠りしだした。 すると、その眠りを、襲うように、たれか、表門から駒寄こまよ
せのあたりへ駆け込んできた物音である。そしてその者のわめきと一緒に、 「すわ・・・・」 と、屋おく
を揺ゆ るがして、家人けにん
部屋の郎党がみな、総立ちとなったらしい。 「兄者人あにじゃびと
っ。たいへんですっ」 時子の弟の時忠は、おどり込むようにここへ来た。叡山の大衆が、強訴に入洛したと、早口に、告げるのだった。 時忠のうしろには、郎党の平六も来て、うずくまっていた。ふたりとも、蒼白そうはく
な顔色に、責任感を、硬こわ ばらしていた。
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