〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-\ 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (一) ──
ち げ ぐ さ の 巻

2013/02/10 (日) 女 院 と 西 行 (五)

聞説きくならく
武者盛遠の文覚は ── 人間の子の必然に、与えられた煩悩ぼんのう「 と苦悩を、那智の滝に、洗い去ろうとするものらしい。そして、まったく、別な自己を、滝つぼの底から、生み直して出ようとするもののように思われる。
(それは尊い追究だ。彼の選んだ道も、誤りではない。だが、自分の道とは、まったくちがう。同じ、人間の悩みから、出離を志したものではあるが・・・・やはり盛遠の道は、盛遠の道、自分の道は、自分だけの、ひとりの道・・・・)
西行は、人間のままに、人間の旅を。── 果てなく、人間のぼろとあわれを引きずって、ただ、生命いのち のみを、愛そうと思う。
生命をよく持たんには、素直な、自然の子となるに くはない。家は、闘争のちまたにある。妻子の家も捨てなければそれにてつ しえない。
といって、自分の出家は、自分のためであって、世のためなどの大願ではない。いわんや、法燈の殿堂にはいって、大釈迦だいしゃか 牟尼むにちょう をとなえ、金襴きんらん の僧位を望むのではもとよりない。
ただ、この一命の、いとしさに、人間はいかに生くべきやを、自然にまな び、自然を友に、天命のままに生を楽しもうと思うのみの出家である。
もし、世の理屈好きな法師どもがあって。── 借問しゃもん す、出家の道は、世をきよ め、人を救うのにこそあるなれ、なんじ、ただ一身のための、世過ぎと、わがままをなさんがゆえに、法衣を るは、似而えせ 出離しゅつり ならずや、言語道断のにせ 坊主よ。──とそし る者があれば、西行は、甘んじて、そのつば をもうけるであろう。そして、なお責められるなら、ついにはこういう一語をもって、それに答えるしかないのである。
(── まことに、仏の教えと、僧侶そうりょ の道とは、仰っしゃるとおりにちがいありません。・・・・けれど、まず、自分の生命すら、ほんとに、愛することを知らない者が、どうして、他のしゅう の生命を、愛する事が出来ましょう。── ですから、わたくしはまず、自分の生命を、愛する事から、修行してゆこうとする青道心あおどうしん にすぎませぬ。衆生を助けるなどの仏知も、神異の才も、わたくしには、持ちあわせておりません。── ですから、世間のおさまた げにならないように、ほそぼそ、生かしていただいております。ちょう か、小鳥でも、いるものとして、どうか、眼にお怒りを含まないで、お見のがしおきくださいませ ──)

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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