この朝、生まれ出た男の子が、後、平家の世盛りには、燈籠
の大臣おとど とも、小松内府とも言われた平相国へいしょうこくrt>
の嫡男ちゃくなん 、平ノ重盛しげもりrt>
であったが ── 時にまだ二十一歳の若い父親は、産屋をまもる人びとから、 「お嫡男でいらっしゃいますよ。玉のような和子様でいらっしゃいます」 と、祝ことほ
がれても、居間と産屋の間を、まごまごして、何か、居たたまれなかった。 「じじ、馬を出せ。── 馬を」 家付きの郎党のうち、木工助家貞や、幾人かは、清盛について、この水薬師の方へ、移っていた。 家貞はすぐ、駒寄せに、立ちあらわれ
── 「若殿。おうれしゅうござりましょうず」 「ほっとしたよ。なんだか、ほっとしただけだ」 「早速、産土神うぶすながみ
へ、お礼詣れいもう でに」 「いや、何より先に、今出川へだ。じじ、この大雪だ。おまえは留守しておれ」 清盛は、門の内から、乗って出た。 すると、例の大藪道おおやぶみち
あたりで、兄者人兄者人と、うしろから呼ぶ者がある。妻の弟の時忠だった。 「そこまで、送って上げよう。竹がたおれているからね」 時忠は、ひとりが合点に、清盛の先を駆けた。雪の重さに、道へ倒れている竹が多い。──時忠は、小太刀を抜いて、ぱんっと切った。切っては除け、切っては除け、兎うさぎ
のように、先へ飛んで行く。そして、得意そうに、清盛をふり向いた。 「ありがとう。もういいぞ」 末おそろしい小冠者の機智と敏捷びんしょう
さを、けさも、清盛は、彼の小さい姿に見、そしてふと、生まれ出た今朝の我が子は ── と、かすかに、父らしい思いの芽を抱いた。 「そうだ。今朝の子は、たしかに、俺が時子に生ませたものだ。たしかに、おれの・・・・」 都の屋根も、都をめぐる北山東山も、眼のかぎり白い雪の道を、彼の一騎は、なんでそんなに心忙せわ
しく行くのかと人に怪しまれるほど急いでいた。やがて、今出川の門に着き、父忠盛の前にかしこまって、 「生まれました・・・・男の子が」 と、やや息を弾ませて、告げていた。 「生まれたか・・・・」
と、忠盛は言った。 あきらかに、瞼まぶた
のうちが、うるんでいた。それを見て、清盛も、じいんと、目の底を熱くした。 ── 父ならぬ人を父以上にも慕って、何やら不思議な宿縁の ── これからも続いて行くであろう人間の果て無き血の鎖を
── 過去から未来へかけて、ぼんやりながめ合っているような二人の朝であった。 |