父為義から、いいつけをうけとると、彼はすぐ立ち去った。そして獄舎部
の武者や雑色ぞうしき を呼びたてて、きびしい取調べを行ったらしい。 ほどなく。──
義朝は、庭かがりのわきに、ひざまずいた。 「連れて参りました。佐藤殿のお召使と、喧嘩けんか
相手の、由井五郎と申す武者を」 ひとりは、 義清の郎党、源五兵衛に違いなかった。 袋叩きにでもなったように、源五兵衛の顔は、はれ上がっていた。主人
義清のすがたを、思いがけなくそこに見て、彼は、ただ泣いてしまった。 「五郎は、たれの手の者か」 と、為義は訊き
いていた。 御次男義賢よしかた
様の手の者 ── と答えた。 「喧嘩の仔細は」 と、また訊くと、義朝が、調べたところを、次のように、話した。 今日の午ひる
ごろ、羅生門を通った源五兵衛が、そこを守っていた義賢の部下にとがめられた。 奉書らしい文包ふつづ
みを、大事そうに持っていたので、見せろといい、見せぬという。 ── それから感情になって、なぜ見せられぬのかというと、これは、さるお方のお歌の返しである。歌など御覧になっても、お分かりはあるまい
── と、一方が言ったとある。 「で、どうしたのか」 「由井五郎が、やにわに、奪って、足で、踏みつけたものですから、佐藤どののお召使は、怒って、これなん、待賢門院の紀伊ノお局つぼね
より、主人 義清へ、お歌の返しなるに。 ──泥にされて、主人へ、何の面向おもむ
けやある。と暴あ れ狂うのを、羅生門の同勢、もながかかって、足蹴あしげ
、袋叩きの目にあわせ、獄へ投げ入れたものと分かりました」 「そうか。・・・・義賢を呼べ」 呼ばれて来た次男は、まだ二十歳はたち
にみたない小冠者だったが、為義は、部下の乱暴は、なんじの罪であると叱って、座を立つやいな、縁から庭先へ、蹴落とした。 そして、客の 義清に向かっては、 「由井五郎も、次男義賢も、そこもとの御成敗ごせいばい
におまかせする。紀伊ノお局へは、自分がお詫わ
びに参上して、罪、為義にある由を申し上げておこう。・・・・お召使には、まことに、御災難だった。遺恨に含まず、どうか忘れてもらいたい」 義清にとっては、むしろ、思いのほかな解決だった。もちろん彼は、義賢とその部下のために、言葉を尽くして、詫びをとりなした。 あるいはと、万一な不吉を予期されたそこの門から、佐藤
義清は、ともかくも、無事に、危地の郎党を、助け取って帰った。 彼の主人としての愛情を、源五兵衛が、どんなにありがたく思ったかは、言うまでもない。夜は寒かったが、主従の心は暖かだった。 「さすがに、由緒ゆいしょ
ある者、雑武者ぞうむしゃ の家には見ぬしつけだ」
義清は、心のうちで、為義の人物には、そう感心していた。けれど、反面に、なおおそろしげな予感が、ぬぐい去れなかった。 彼らは、明らかに、臥薪嘗胆がしんしょうたん
している。祖父義家が、かつて、公卿たちから嘗な
めさせられた生涯の屈辱を忘れていない。要するに、地底ちてい
の龍りゆう だ。つねに風雲を望んでいるものであることは、あのきびしさに見るも明瞭めいりょう
である。 洛陽らくよう
の深夜に、なお悲歌は聞こえず、月は人の眠りとともに、しずかに、雲間に横たわっているが、これが、幾十年もの都の相すがた
とは、彼には見えなかった。 |