人びとは、義清の悠長
さに、あきれた。 武者のくせに、歌の才などある人間は、やはり大事な事にぶつかると、こんなものかと、蔑さげず
みたい顔つきが、すべてであった。 「え。朝までに、連れて戻るって。・・・・義清、わぬし、相手を、知っているのか」 口に出して、なお、肚はら
からその無謀をいさめたのは、清盛だけだった。 先は、六条判官為義。決して、われらに好意的な一族ではない。むしろ、何事かあったらと、常に落度をさがしている敵手といってさしつかえない。 思うてもみ給え。かつては、彼ら、坂東ばんどう
生は え抜ぬ
きの源氏武者が、白河の寵ちょう
の下に、院の北面に、威勢を誇っていたものではないか。 後にまた、白河に忌い
まれて、院から排され、外官げかん
となって、今日に及んでいるが、その地位を今、彼らに取って代わっている自分たちへ、為義らが、快こころよ
く思っていないことは明白だ。公務上にも、個人的にも、事ごとにうまく折り合えていない平常に見ても分りすぎている。── 何としても、相手が相手だ。どんな陥穽かんせん
が待っていない限りもない。単身、判官屋敷へ掛け合いに乗り込むなどは、危険、この上もない。行くなら、自分たちもともども行ってやろう。こちらも、武者所の名と実力を示して行くべきである。 清盛は、そう言って、 「みな、来いっ。義清に加勢して、義清の郎党を、取り返しに行こうっ。六条判官へ掛け合いに」 と、同意を求めた。 「おうっ
──」 と、応こた えた幾人かがある。
「おもしろい」 と、長柄ながえ
を押っとる喧嘩けんか ずきもいた。わらわらと、外へ出揃った。いうところの、為義方の感情は、実は、こっちにもある感情なのだ。彼らの血を駆りたてる素地は日ごろにもできている。同勢二十余人、清盛を囲んで、行こうぞ、行こうぞ、と押し声を作った。 「ま、待ってくれい。待ち給え」 義清は、うごかない、かえって、さえぎるように、両手を広げ
── 「よしないことで、騒ぎ立てては大人気おとなげ
ない。わけて、御幸のお道すがら、おそれ多いことでもある。禍わざわい
を起こしたのは、自分の朗従、主人ひとりで掛け合いはこと足りよう。おのおのには供奉ぐぶ
のお役目こそ大事なれ。ただ知らぬ気に装よそお
うておわせ」 と、かえって人びとの妄動もうどう
をたしなめた。 そして、清盛の躍起も、大勢の気負いも、迷惑として振り切るように、彼は、小童こわらべ
ひとりに松明を振らせ、ただ一騎で、雨の闇へ馳せ消えた。 |