〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-\ 』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (一) ──
ち げ ぐ さ の 巻

2013/02/02 (土) 染 め 糸 の 記 (三)

三十三間堂の建立こんりゅう は、鳥羽上皇の御願ぎょがん によるもの。一千一体の仏像をすえおかれ、供養をかねた落成式は、天承元年三月十三日の都じゅうを湧き立たせた盛事であった。
その功もあって、平ノ忠盛には、給田きゅうでん を増され、特に、昇殿の資格も許された。
「ありあまる御偏愛よ。かつは、世に聞いたこともない破格なる地下人ちげびと内昇殿ないしょうでん のおゆるし、われら雲上うんじょう に、かれら野臭のぐさ い荒くれ者を、ただの一人いちにん とて、同座あること、さきに古例なく、末のみだれもいかが。── 来るべき豊明とよのあかり節会せちえ こそ、よいしお なれ、忠盛めを、やみ討ちにして、果てこそ見む」
公卿たちの不平は、喧々けんけん ごうごうであった。
自分たち族党の地位栄花を守らせる為に飼っていた爪牙そうが の武士が、ちょう を得て、直接、上皇と結ぶような事になっては、藤原一門の運命を危うくするものという猜疑さいぎ はすぐ起こる。まさに陰険な空気であった。
ところが、十一月二十三日の節会を前にして、院中の悪謀わるだく みを、ひそかに、忠盛のもとへ、ぶみ をもって、
豊明とよのあかり の夜こそ、あやしき瞋恚しんい のやみです。殿上とて、ゆめ、お心をゆるし召さるな)
と、報せてくれた人がある。
「さこそと思われる。さもあらば、忠盛の進退こそ、弓矢人ゆみやびと の証し。ただ、恥あるな」
彼は、期するところがあるらしく、笑っていた。
そして、当日には、束帯そくたい の下に、鞘巻さやまき の刀を き、あえて、見よがしに、参内した。
「・・・・おるわ、来ておりわ」 「あの憎げなるふてぶてしさよ」 「思い上がりのいやしさを見られい」 「見るも、野臭のぐさ き男よの」 「身は、風の前の灯火とも知らないで」
ささやき合う公卿たちの をしり目に、忠盛は、わざと、刀を抜いて、自分のびん へ当ててみたりしていた。
ほのかな深殿しんでんしょく に、それが氷のように見え、諸人は、目をすまして疑った。
おりふしまた、なにがしの大臣おとど は、廊を通りかかって、ふと、小庭の暗がりに、怪しげな二つの影が、うずくまっているのをみとめた。
狩衣かりぎぬ の下に、もの を着、太刀をわきばさんで、うつぼ柱の辺りに、かがまり忍ぶ布衣ほい曲者しれもの は誰ぞ」
駆けつけて来た六位の者が、とがめると、庭上の影は、こう答えた。
「これは、平ノ忠盛殿が子飼いの召使、木工助家貞と、平六家長の二人です。こよい、相伝そうでんあるじ 忠盛どののお身に、不慮ふりょ あらんやの取沙汰をうけたまわり、かくはさむろ うてまか りおりまする。命をかけて推参のの者。出よとて、めったなことには動く者でございません」
公卿たちは、これを伝え聞いて、愕然がくぜん と、顔を見合わせた。
宴、たけなわとなり、人びとの舞ったあとで、忠盛も、上皇の御前で、舞った。
公卿たちは、腹 せに、
「──咲くや木の花、なには津の、入江のあし は、伊勢の浜荻はまおぎ 、伊勢の瓶子へいし は、素甕すがめ にてこそ。── 伊勢の兵士はスガ目にてこそあるなれ」
乱拍子らんびょうし を打ちはや して、どっと、嘲笑あざわら った。作為の見えすくどよめきだった。
こういう、あくどい即興歌そっきょうか は、堂上たちの、お得意だった。貴族たちが、皮肉なる悪洒落わるじゃれ に長じていた例は、古くからいくつもある。
村上帝の御宇ぎょう に、中将兼家という朝臣あそん があった。きたかた (妻) を三人も持っていたので、女錐めぎり の中将と、あだ名されていた。あるおり、この三人妻が、偶然、一つの所で出会い、嫉妬喧嘩やきもちげんか が始まった。はては髪をつかみあい、きぬ を引き裂き、 みあい、打ちあい、人だかりまでしてきたので、中将は 「あな、むずかし」 と悲鳴をあげて、逃げのびてしまった。── ところが、その後、五節ごせち の宴に、なみいる公卿たちが、乱拍子を高めて、歌いはや すのを聞けば ──
(取り ふる人なき宿には、三つ女錐めぎり こそ、揉み合ひなれ。あな広々ひろびろ ひろきあなかな)
とあったので、殿上は、鳴りも止まず、笑いこけた。陛下のおん前ではあるし、さしもの三つ女錐の中将も、しょ げかえったということである。
こんな話は、幾つもあるので、異とするには足りないが、スガ目の忠盛にふくむ宿意は、唱歌の嘲罵ちょうば ぐらいでは、すまなかった。
あくる日、とう大臣おとど をはじめ、院中の公卿は、上皇に迫って、劾奏がいそう した。
野人やじん 、礼を知らず、剣を帯して、殿に昇り、なお、甲冑かっちゅう の兵を、院庭に忍ばせておくなど、言語道断であります。よろしく、典刑てんけい を正し、厳科げんか に処すべきものでしょう」
上皇は、驚かれた。すぐ、忠盛を召して、
「いかなる答えたある」
と、詰問された。
忠盛は、伏答した。そして、先夜の佩刀はいとう を取り寄せ、抜いて、上皇にお目にかけた。それは、銀泥ぎんでい を塗った竹光たけみつ であったのである。
郎党たちの心のほどは、武者の家のおきて と、武者仕えの者の心底をお「、汲み取りくださればこれも、おわかり給わる儀かと思います。── と、忠盛の答弁は、すずやかだった。
上皇は、公卿たちを、失望させた。かえって、伊勢は心の深い者ぞ ── と仰ったりした。
公卿たちは、おさまらない。忠盛へ対する上皇の御信頼は、一歩も二歩も、逆に度を加えてゆく。座視できない危惧きぐ である。
なお、彼らは、後に、こうも知った。
節会せちえ の夜の密計を、忠盛へ、前にもらした者は、権大夫時信であったというぞ。まずもって時信を追え」
時信への圧迫も始まった。しかしかれらの不遇は、この時からのものではない。世俗の才には先天的に欠けている生まれつきによるものだった。それにしても、以後はなおさら、この老木は、八方ふさがりの孤立となった。
忠盛は、彼の友誼ゆうぎ を、きも にめいじている。ふかく、徳として 「忘れてはすまない人・・・・」 と、つねに子どもらへも、話していたことだった。

※爪牙
その人の爪となり牙となって助け守る意から、護衛の士。主人の手足となって働く家臣を 「爪牙の臣」 というが、反面、策略・魔手の意に使われると 「悪者の爪牙にかかる」 となる。
著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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