なぜか、単なる文使
いにすぎない自分に、やがて酒が出され、膳ぜん
が出たのを見て、清盛は、いよいよこれは、ただごとならずと、予感をもった。 ずぼらで、粗あら
いくせに、一面には、竪琴たてごと
の弦いと が微風に鳴るような神経が彼にはある。いわんや。父忠盛にあるこのごろの気持や、こうして、面めん
と向かい合っている時信の心ぐらい、読みきれない彼ではない。 (ははあ・・・・) と、解けて、解けない容子ようす
もしていられる彼だった。ずるさではなく持ち前の大まかな顔の徳なのだ。そこで、円座いっぱいに座りなおして、ひけ目は禁物きんもつ
、大いに飲んで、充分、こっちの人間も見せ、彼女の美か否かも、禁物はら
をすえて見るべきだと、ひそかに思う。 姉なる姫は、おりおり、席に姿を見せては、また、気を持たせるように、引っ込んで行き。また、いつの間にか、父のそばに、侍はべ
っていた。美人とはいえないが、一人前ではある。下しも
ぶくれで、肌理きめ 白く、ありがたいことには、おやじほどには、鼻も尖とが
り過ぎていない。 でも、親の時信には、秘蔵のむすめには、ちがいなく。 「さきほど、泉殿で、見かけられたであろうが、これが姉の姫じゃ、時子というてな。・・・・え?
妹かの。滋子しげこ の方は、まだ、まことに、幼うてな。呼ばせても、ここへ来おるまい。まあまあ呼ばいでもよい」 時信は、こう、引き合わせたが、心なしか、微酔の眼め
もとに、老いの影を、ただよわせた。 姫たちの母は、すでに世に亡な
い人だともいう。男手おとこで
に子供を育てる苦労は、忠盛どのもお分かりだが ── とも、述懐する。 酔うほどに、おも男親は、自分が、世と妥協の出来ない性格の為に、むすめたちにも、ほとんど、処女おとめ
の楽しみらしい思いは何もさせずに来た ── ということを、笑い泣きみたいに語るのであった。そして、座に侍はべ
る時子の姿へ、親の眼を、ちらと、無意識に向けては、また言った。 「十九でおざるよ。・・・・もうすぐ二十歳はたち
ともなるのに、客人まろうど のまえでは、よう、ものも得え
いわぬ方でなあ」 十九か。と清盛はちょっと、がっかりした。時代の常識では、おそいといえる年だからである。が、こう売れ残っているゆえんは、時信の述懐のとおり、罪、男親にあって、姫の容貌ようぼう
に帰すべきではあるまい。 (いや、わが家の父忠盛にも、多少、責任の一半がないともいえぬぞ) それについて清盛は、近ごろもまた籠居ろうきょ
している父の苦衷を考えた ── 禍因は、いつも、きまっている。例の “昇殿問題” が起こりなのだ。 問題は、すでに過去でも、 “いつかは除くべき人物”
として、忠盛の名が、院の公卿たちの排他主義の底流に監視されていたことは、変わりがない。── それが今度の盛遠追捕の場合にも、新しい火種を見つけていぶり出したというだけに過ぎないのだ。 が、清盛は痛感する。あらためて、考えてみる必要にも迫られている。 ──
なぜといえば、昇殿問題の裏面には、ここにいる時信も、裏面に関係があった人だということを、ごく最近、父忠盛から、あらためて、打ち明けられていたからである。 時信も、そうだとすれば、禍わざわ
いは、姫の時子にも滋子しげこ
にも、かたちをかえて、因果しているものといえよう。── 清盛には、自分の生お
い立ちにかえりみて、充分に、うなずける。 ──思えば、ばかな話しだ。奇怪きわまる曲事ひがごと
だ。ついに、父忠盛の生涯は、そんなものに、葬り去られてしまうのか。一体、昇殿問題とは、どういうことなのか、真の禍因は、何なのか。 彼のつねに持つ懐疑でもある。 以下、余り旧事に属するが、略述しておくのも、無駄ではあるまい。
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