「このごろ都に流行
るもの」 という俗歌のうちの一節である。ガニ打ち、すご六、鶏合とりあ
わせなどと、博奕ばくち ばやりは、上下を通じての時風であった。──市人しじん
の闘鶏に熱するや、かならず戦乱があり、などといって、やかましく凶兆を説く陰陽師おんようじ
もあるが、堂上ですらしていることなので、検非違使けびいし
の取り締まりも、ききめはない。── いや、その検非違使庁けびいしちょう
のうちでも、おりおり、鶏の蹴合けあ
う叫びを聞くといううわさすらあるちまただった、 「・・・・いいかい。おじさん」 小冠者こかじゃ
は、気負う鶏を抱えながら、相手の鶏と、距離をとって、しゃがみ込んだ。 「まてまて、まだ、周まわ
りの人が、賭か けていらあ。みせるな、小冠者」 鶏師とりし
は、さすがに、構えが良い。 闘う前に、小冠者の鶏の精気を疲らしてしまおうという戦法だろう。落ち着き払って、 「さあ、お立会たちあい
、ただ見ていても、つまるまい。賭け召されい。なんぼうでも、賭けてこそじゃぞ」 と、戯ざ
れ口ぐち 半分に、周りの顔を、見まわしていた。 銭ぜに
に音がさかんに始まる。たちまち、判者だの、胴元なる者があらわれている。だが、鶏師の鶏にばかり賭けが多く、小冠者へ賭けは、はかばかしくない。 「よしっ、あとは、おれが賭けた」 清盛は、つい、どなってしまった。自分の声にははっとしてから、ふところの金をあらためた。さきごろ、馬を売って酒を買った時の残余を、父忠盛は、出せとも見せろとも、言っていなかった。それがある。 「できた」 判者が、いう。とたんに、眼ばかりになった大勢の顔が、さあっと、凄味を包んで、地を掘るように、一点を見つめた。 「小冠者。おぬしの、鶏とり
の名は」 「獅子丸ししまる
。・・・・鶏師、おまえの鶏は」 「知らないか。黒金剛くろこんごう
っていうんだ。ゆくぞ」 「待った。合図は、判者がするものだ」 「小僧、生意気に、本格をいやがるな」 鶏と鶏は、もう、首を突き出して、人間ならば、逆上あが
っている血相に見える。── 判者の合図。──バッと放つ。砂が飛ぶ。血の付いた毛が、羽ばたかれる。生きるか、死ぬか。取るか、取られるか。 ── その闘争は見ずに、見ている人間たちの眼ばかり観て楽しそうにしている老人があった。僧衣を着ているが、供の舎人とねり
を連れ、草履ばきで、杖のあたまに、顎あご
を乗っけていた 「・・・・あ。鳥羽絵の僧正だ」 清盛は、あわてた。彼とて、辻つじ
博奕ばくち は、よいこととは思ってはいない。以前、院の上皇に召されて、鳥羽殿にも伺候したことのある人に見られたのは、なんとしても、具合が悪い。 しかし、より以上、賭けものが心配だし、逃げもならず、そばの男の蔭にかくれかけた。とたんに、わっという声だった。勝負はついたものらしい。──
買った銭と、勝ち鶏の獅子丸とを、胸に抱え込んだ小冠者の影が、まるで翼のはえた小天狗こてんぐ
のように、清盛の体をかすめて、一目散に、かなたへ駈か
け去って行くのが見えた。 |