「まことに、おうらやましい御生活ですな。お会いするたびに、思います。僧正のように過ごされてこそ、ほんとの、人間の生涯。自然とともにある生命と申すものであろうと」 「うらやましければ、あなたも、すきのように、生きたがよかろうによ。ひとをうらやんで、自分ではせぬかな。わからぬのう」 「なかなか、やさしいことではござりませぬ」 「そうかのう。・・・・山に住めば、都を恋い。都に住めば、山を恋う。アハハハハ・・・・果てしがないかのう?」 「──
ア。僧正。お描きかけの絵が、風で飛び散ります」 「絵反古
か。あ、放ほ っとけ。・・・・客人まろうど
、きょうは、紅葉見もみじみ か。歌でも、お拾いか」 「いや、仁和寺まで参りました。先ごろの、御幸のあとの、御用もおびて」 「ホ、そうか。よう競馬ばかり御覧ぜられるの。やがてものものしゅう、世をあげての、人間の悪さ比べにならねばよいが、武者所など、さしずめ、悍馬かんば
、奔馬ほんば 、じゃじゃ馬などの、集まり所。・・・・こわいのう」 ふいに、蔭部屋かげべや
をふり向いて、僧正はわめいた。 「童わっぱ
よ。いいつけておいた柿はまだか。──客人まろうど
に、柿などもいで来て、もてなさぬか」 答いら
えはなく、山荘の裏の方で、何か、ひそひそ、人声がしていた。 と、庭を回って来た青侍が、縁先にひざまずいた。──いま、近くに住む石切たちが、色を変えて報しら
せに来たと、伝えるのであった。──それによれば、けさから、この付近に、異い
な風体いふうてい の男がうろついており、狩衣の片袖かたそで
は破れているし、素す はだしで、なんとも、腑ふ
に落ちないところから、それとなく挙動を注意していると、一たんは、槙尾まきのお
の密林に隠れて、手に大事そうに抱えていた物を、地へ埋い
けようとする様子であったが、人の気配を覚さと
ると、高雄の奥へと、飛鳥のように、隠れ込んだ ── というのである。 「なんぞよ、それが・・・・」 僧正は、興もない顔つきを示して。 「つまらぬことに、関かか
ずらうな。追うつもりか、そのような者を」 「は。・・・・とも思いませぬが、石切りどもが、夜盗ぞ山賊ぞと、捕えたがって、騒ぎますので」 「やめよ、やめよ。俵も風に舞わねば食えぬ世間とか、みながいとう。盗人も、かせぎのたびに捕まっては、その者は、獄で食えても、盗人の妻子は、生計たつき
がたつまい。・・・・のう、客人まろうど
」 義清は、ふと、物思いに、とらわれていた。軒ばごし、高雄の峰の雲でも見るのか、遠心的な面おも
もちであった。── 何かいま、答えそびれをしたような気持を機しお
に、長座ちょうざ を詫びて、彼はまもなく、山荘を辞した。 鳥の食いのこした山柿が、晩秋の空に、真っ赤だった。峰の雲には、石切りの鑿のみ
の音が、冷やかに、こだましていた。 |