踊る者があり、歌う者があれば、また、一隅
では、怒色どしょく をなして、酒に、鬱うつ
をいわせている者があるのも、人間講とすれば、やむを得ない。 「いや、分かっている、殿は、何も言われぬが、いわぬお心を、おれは酌く
むのだ。おれは、こよいの御酒を、涙なんだ
なしには、いただけぬわい」 「またしても、またしても、院の公卿どもが、いい合せて、上皇と殿との、おん結びを、盛遠追捕の不首尾にことよせ、裂こうと企てておるらしいぞ」 「あな、うつけ。──らしいとはなんぞよ。らしいとは。殿のお肚はら
がわからぬか。殿は、またお引き籠こも
りと、きめておるによ」 「非違ひい
もないのに、なぜ、わが殿は、さまで。お弱気なのやら。・・・・おれは、たまらぬ、業ごう
が煮に える。まるで、姑しゅうと
、小姑こじゅうと みたいな悪あく
公卿くげ どもの、もやもやを、見ておられる上皇も上皇だ」 「これ、様をつけて申せ。様をつけて」 「なんのざまはない上皇ではあるぞ。殿を、正しい者と、信じて、お愛しなるならば、側近の誹そし
りや隔へだ ても、なぜ、一蹴いっしゅう
してはくださらぬか。そのようなこともなく、殿が、御出仕あれば、寵ちょう
を示され、公卿くげ 輩ばら
が、嫉そね み出すと、見えすいた陰謀も、知らぬお顔というのでは、殿が、生殺なまごろ
しというものだぞやい」 「もう、言うな、天下の政治は遊ばすが、院中の佞官ねいかん
すら、ままならぬものがおありなのだ。・・・・殿は、自分のために、その上皇さまを、お苦しめ申しては相すまないというお考えにちがいない」 「そこが、殿上輩でんじょうばら
の、つけこみどころよ」 「とく、昇殿は許されておるが、身はなお、地下人ちげびと
においている気持 ── とは、つねに殿が仰っしゃっているおことばだ。それは、おれたちへ、いっていることでもあるぞ」 「ではなぜ、昇殿など、許し召されたか。おれは、上皇に伺ってみたい。鳥羽殿とばでん
のおん枕まくら に通かよ
えよかし、おれは、ここから怒鳴るぞ。怒鳴ってやる」 「ば、ばか」 口をふさぐ、顔を振りぬく。手と手で揉も
み合う。杯が酒を流す。── それを、清盛は、そら耳のように聞いていたが、やおら、身を起こして、その一かたまりの中に座り込むと、 「やい、地下人らめ、何をグタグタ泣きごとを言うぞ。わいらは、蛙かえる
ほども、蛇へび ほども、知恵のない奴か。よく思え、百千種ももちぐさ
も、春の来ぬうちは、地下草ちげぐさ
だぞよ。地の下のものだぞよ」 と、両方の手をいっぱいに拡ひろ
げて、そこらにいた人間の頭を四つ五つ、一抱えに、ひざと胸とに、抱きしめた。 「まだ、わいら、観念がたらないぞ。ああ、地下草。よろこぶべし、芽め
こそまだ見ね、地下草なのだ。おれたちはナ。・・・・な。・・・・なアやい、不服か」 頭と頭は、清盛の腕の中で、腕の力が締め弛ゆる
められるたびに、ゴツンゴツン、音をさせ、目から火が出るようなカチ合わせをさせられていた。痛いと逃げる頭もなく、なすがままになっている。うんも、すんも、みな言わないのである。そして清盛の一つひざへ湯のような涙を流し合うのだった。 男くさい、酒くさい、異様な涙の蒸む
れた鼻をつかれながら、清盛は、親鶏おやどり
が腹の下へヒヨコを抱え入れたときのように、昂然こうぜん
と、杯を招いて、ひと息にのみほした。 |