兄の帰りと聞いて、待ち迎える、弟たちの影だった。 清盛は、それを、わが家
の破や れ門とともに身ながら、馬を降りた。 ことし三つの家盛を、背中に負お
ぶって、門の外にたたずんでいた経盛は、三男の教盛のりもり
と一緒に、揃って言った。 「兄者人あにじゃびと
、お帰りなさいまし。・・・・父上も先に帰っておられますよ」 「うム。七日の間も、みな留守で、チビたちはさぞ淋さび
しがっていたことだろう」 「え。教盛が、ときどき、お母さまのところへ行こうといって、泣くには、困りました」 ──言いかけたが、兄の顔つきに、言葉をそらした。
「そうそう。兄者人が見えたら、すぐ奥へ来るようにと、父上が、お待ちかねのようでした」 「そうか、じゃあ、このままで、すぐ参ろう。・・・・じじ、俺の駒も、あずけるぞ」 「木工助は、手綱を託して、清盛は、母屋おもや
の灯へ向かって歩いた。 さきに戻っていた郎党たちも、まだ、物もの
の具ぐ を、解いていない。 女手も少ないし、ヘイライなども召し使っていない貧乏平氏の邸内では、武者どもでも、日ごろから、百姓もすれば、馬も飼い、厨も手伝うといったふうで、今宵も、辻立つじだ
ちから引き揚げて帰ると、そのままの姿で玄米こめ
を炊かし ぎ、薪を割り、また、畑の芋や蔬菜そさい
など採ってきて ── ともあれ大家族の晩飯のしたくに、夕煙ゆうけむり
をにぎわい立てているのだった。 「平太です。ただ今、木工助とともに、おあとから戻りました」 「お、帰ったか。御苦労であったな平太」 「父上こそ、七日の御奔命に、身も心も、お疲れでしょう。盛遠でも、からめ捕と
っておればですが、そのむなしさも、手つどうて」 「尽くす限りは尽くしておる。悔く
ゆるにも及ぶまい。盛遠とて、根からの痴愚ちぐ
ではなし、辻かための手にかかるほどなら・・・・」 「やはり、どこかで、自害して、果てたものでございましょうか」 「なんの、おそらくは、死んでおるまい。そう、やすやすと死ねるほど、浅い罪業ざいごう
ではないからな。・・・・いや、時に平太、そちならではの用がある」 「あ、なんぞ、急な仰せ付けでも?」 「いそぎだ。厩うまや
のうちの馬を一頭、街へ出して、売って来い。そして、買えるだけの酒を買うて来てくれまいか」 「馬を・・・・ですか」 「うム。どのくらい、酒が買えるの 「そりゃあ、たいへんです。わが家の同勢では、三日かかっても、飲みきれません。・・・・が、このお使いは、平太でも、ちと、きまりが悪うございます。馬を売るのは、武者として、何よりの恥としてありますから」 「それだから、おまえをやるのだ。つら恥に克か
って来い。値あたい によらず、早いがいいぞ」 「はい。では・・・・」
と、清盛は父の部屋から、すぐ、厩へ行った。 ──七頭いる馬のうち、三頭ほどは、自慢のものだ。あと四頭のうち、どれにしようと見くらべるが、可愛くないのは、一頭もいない。 あわれ、駄馬だば
といえども、これらの馬どもは、過ぐる年の、西国遠征のときも、生死をとものした仲である。どのハナづらも、朝夕に、何百ぺんなでてきたやつか知れないのだ。 日ごろ、塩小路のわんわん市場の付近では、馬市が立つのを知っている。清盛はやがて、そこでよく見る博労ばくろう
に家へ行き、馬を売って、酒を買い求めた。──大きな酒がめを三つほど、手車の上に乗せ、酒売りの男と一緒に押しながら、ほどなくまた、今出川へ帰って来た。 |