「・・・・?」 清盛は、のろい牛の歩みが、遠くなるまで、ぼんやり立っていた。──母の言葉の裏が、その間に、解けた気がしていた。──
母は、別れた良人の忠盛を、もっと、不幸にしたがっているのだ。自分を、男親の側から奪って、見返してやろうとしているのではあるまいか。そうだ。瑠璃子を、おとりにして。 清盛は、手の菊を、いつの間にか、ちりじりの、揉
みむしって、棒だけにしていた。── それをムチのごとく持って、もとの大峰の辻つじ
の屯たむろ へ帰って来た。 二頭の駒こま
と、人影が一つ、たそがれの辻に、立ち残っていた。清盛は、元気がない。その人を案じ顔に待っていた木工助家貞も、元気がない。 「みなは、どうした。はや、引き揚げたか」 「院宣いんぜん
を奉じて、ひとまず、辻々つじつじ
みな、この夕べ、引き払うてござりました。・・・・して、上西門院のお探りは」 「ムダだった。よせばよかったよ。・・・・じじ、父上は」 「途々みちみち
、お物語いたしましょうず。まず、お馬に召されて」 清盛を、鞍くら
へ、うながし、つづいて、彼も馬上となった。 「院へ、もどるのか」 「いえ、今出川のおやしきへ」 清盛は、はて? と思った。当然、今宵は集合して、ひとまず、忠盛から、武者所一同へ、何かの辞をなすべきである。また、院の上皇、別当に召されて、慰労はなくも、向後のおさしずを、仰ぐところだ。どうしてだろう、不審である。 「木工助、何か、父上のお身に、さしつかえでも、起こったのか」 「明日からの御出仕を、ふたたび、思い止とど
まられたやに、伺いました」 「や、ほんとか。・・・・盛遠が捕まらぬとてか」 「内に、豪気をつつむ御方。そのような一事の責せ
めとも覚えませぬ。例のごとく、公卿たちの、殿への憎しみが、表になったものでおざろう。日ごろのあることないこと、、非違ひい
、指弾しだん の粉々のうるささに、さしも、かなわじと、破れ果ててのおん顔・・・・じじも、無念の涙に、よう詳しくもまだ、伺うてはおりませぬ」 「じゃあ、また、籠居ろうきょ
か ──」 清盛は、また貧乏かと、言いたかった。鎧よろい
が、急に、重たく思う。── 木工助家貞は、つぶやいた。 「ああなぜか、御運ごうん
がひらきませぬ。かくも、主従、武者勤むしゃづと
めに、まごころを、くだくといえども、時やら、世の悪さやら・・・・。いつかきっと、御運の芽が」 清盛は、ふと、自分の声とも思えない意識で、馬上の歌みたいに、言い出した。 「おれがいるよ、じじ、俺が・・・・。言ったではないか、いつか、そちが。天地が生んだ一個のもの、手も足も片輪ではおざるまいに
── と。その一匹がここにいる。なんの、運など、あてにすることはないわさ」 |