酒がまわると、客は、それぞれ個性を露出した。個性はまちまちでも、ときを得ぬ野性の地下人
たることと、不平の吐け口の見つからない悪童どもであることだけは、一色いっしょく
であった。 「おい、主殿あるじどの
。もうそろそろ現れそうなものじゃないか。焦じ
らすなよ、余りには」 「なにを? ・・・・」 主の渡は、佐藤義清の前に座って、銚子ちょうし
をすすめながら、そら耳に答えたまま、なお義清とむつみつづけていた。 静で、杯盤はいばん
も取り乱さず、ひとりつつましやかな客は、佐藤義清だけだった。杯を唇くち
に含みながら、その義清が、主へいうには。── かって上西門院のお歌会うたかい
にうかがったおり、袈裟けさ どのの歌も選に入って、よそながら歌の上では、早くから袈裟御前のおん名は存じあげている。人妻となられては、なかなか和歌の道に、かかずらってもいられますまいが、惜しい御才能です。せめて歌の会ぐらいは、せいぜい、出席させてあげてください。おたがい、武弁の輩ともがら
に、もっとも欠けているのは、文事ぶんじ
を解さぬというよりは、軽視の風が先に立つことです。その点で、武夫ぶふ
文妻ぶんさい は、松に添えて菊を描いたような画趣がしゅ
ともいいましょうか、めでたいお契ちぎ
りです。・・・・羨望せんぼう
にたえません。連中がああして、嫉や
いているのも、理由のないことではありませんよ。ハハハハ・・・・と、真面目な中に、酒興しゅきょう
もふくみ、日ごろ以上の親しみを深めて、うち解けている体てい
なのであった。 その間かん
、ほかの人々は、いよいようるさく、 「また義清が、歌の話ぞよ。あの男が、ものをいうと、とかく、いつも、酒が醒さ
める」 「──主あるじ
どの、主どの。それよりは、早く、ほんものを、見せ給え」 「疾と
く、これへ、お召しあれい。われわれ朋友にも、いちどは、お引き合わせあってしかるべきであろうが」 と、渡の背へ、ほえてやまない。 「さりとは迷惑な。この貧しき屋おく
へ、白拍子しらびょうし でも、呼べといわるる」 「なんの、都の白拍子にも、江口えぐち
、神崎かんざき の遊君きみ
たちにも、競くら ぶべきはないといわるる御内方おんうちかた
を、ちょっと、招かれれば、みな、気がすむというものだ。おかんぞして、こよい、袈裟どのには、チラとも、お顔を見せられぬか」 「、妻が姿を見せぬというおとがめか。アハハハハ・・・・。ゆるされい、ゆるされい。あれは、まったくの内気者うちきもの
よ。厨くりや にばかりいて、水仕みずし
をしたり、酒をあたためたり、ひたすら、客人まろうど
のお心に染まばやとばかり働いておる。性来、そういう女子おなご
なのだ。所詮しょせん 、おのおのの御座ござ
ある灯ほ あかりの前には、得え
もすわるまい」 「いや、秋の月よりは、厨の月をこそ、われらは見たい。主あるじ
どのが、召されねば、召さぬもよし──だ。たれぞ、立って、客どもの意を体たい
し、これへお連れして参られよ」 おうと答えて、おもしろ半分に、ひとりは、よろめき立って、台所へ通う渡り廊下へかかろうとした。主の渡は、追いかけて、見せる見せると、連れもどった。客どもは、興に入って、きっと召されるかと、念を押す。──渡はすこしあらたまって、しかし、自分は武者である。わが妻はまた、白拍子や遊君ではない。武者の妻を御見ぎょけん
に入れるのだから、そのようにして、いま、会っていただこう。・・・・しばらくお待ちねがいたいと、客どもをおいて、自身、厨の妻へ、告げに行った。 |