泰子は、何か、あき足らなかった。子の子の清盛が、少しも自分へ、あわれを見せないからである。もっと、涙を浮かべて慕
ったり、いつかの癇癪事かんしゃくごと
を詫わ びもしたりすることだろうと思っていたのに、これも示さず、姫へ馴じまず、いたずらに加茂競馬の眼にもあまる群衆の上にばかり気をつかっているふうに見える。 「平太。たれに、そのように、気がねをしておるのです。忠盛どのに知られては、悪いとでも、思うてか」 「ええ。
・・・・父上も参っていますから、もし父上が、わたくしがここのいるのを見たらよ」 「かまいません。たとえ、母が忠盛どのと別れても、そなたは、わたくしの子であろうが。のう・・・・母が今出川のやしきを去って、そなたも、小ち
さい弟たちも、さだめし、毎日を、淋さび
しく、みじめに、過ごしておわそうか」 「いえ! ・・・・」 と、清盛は、かぶりを振った。 「小さい弟どもも、厩うまや
の馬も、みなピンピンして、元気です。たれも、母上のことなど、申しておりません」 「ホホホホ」 と、彼女は、変えた顔色を、すぐ、笑い消した。ねっちりした女の力で、清盛の手首を、なんのためか、固く握った。 「そなたもか。・・・・そなたも、母に別れながら、おりには、会いたいとも、何とも思わぬのかや?」 「あっ。──
離して。・・・・父上が、彼方あなた
の桟敷さじき から、こっちを見ています。気が付いたようです。離してください」 「平太」 と、彼女は、美しくにらめつけて、 「忠盛どのは、そなたの親ではあるまいが。・・・・
母こそは、まことの母。なぜ、忠盛どのばかりそのように慕うのですか」 「・・・・」 「ね、平太。・・・・おりおりに、遊びに来て給た
も。まれには、母もそなたの顔が見たい。・・・・母の許もと
へ、遊びに来やい。・・・・瑠璃子さまとも、ちょうどよいお友だちになれるであろう」 清盛は、さかんに、彼女の袖そで
の蔭で、こぶしをもがいた。そして、上皇たちのいる桟敷の方をふり向いた。たしかに、父の姿は、こっちを見て立っている。 |