天井は低く、床は、簀
の子。真っ暗で、箱みたいな湯殿の中である。白い二つの女体が、寄り添って、じっと、全裸に汗を浮かせていた。 そのころの湯殿というのは、みな室むろ
になっている蒸風呂むしぶろ であった。外の焚き口で、火がハゼると、たちまち室中むろじゅう
が白い湯気に満ち、中の温度は上昇してくる。 「ま、瑠璃子るりこ
さまは、可愛らしいお乳をして、今ごろの、桜ンぼみたい」 「いやですわ、小母さまは。そんなにわたくしの体ばかり、見ていらっしゃっては」 「いいえ、この泰子にも、むかしは、あなたみたいな、肌の麗うるわ
しい時代があったのにと、うらやまいさに、つい、見とれるのですよ」 「でも、小母さまは、今でも、そんなにおきれいな肌をしていらっしゃるではありませんか」 「・・・・そう?」
と泰子は、自分の乳首を見た。白い項うなじ
の伸び方といい、全姿に浮いた玉の脂あぶら
といい、瑠璃子がいったのは、お世辞ではない。── けれど、彼女自身にしてみれば、乳房は、つかんでみても張りがないし、乳首は、杏あんず
の種子たね みたいに黒い。なんとしても、四人の男の子を産う
み育はぐく んだ泉の涸か
れが皮膚にもある。ことに、あの癇性かんしょう
な清盛が、まだ二つか三つのころの時、乳首に咬か
みついた歯のあとが、いまでも白っぽいあとになって残っていた。 「・・・・」 彼女はふと、むらっと、腹が立った。乳首が思い出させるのである。──
忠盛と別れ、、あの貧乏邸を去った日である。人もあろうに、自分の頬ほお
を、火の出るほど打ったのは、この乳房で育てた我が子清盛ではあるまいか。男の子とは、母親に、一体そんなものであろうか。── としたら、女親とは、なんたるつまらない者だろう。成人してしまえば、ひとりで大きくなった気でいる子に
── と、そのおりの口惜くちお
しさを、ありありと眸ひとみ に出して、乳根ちちね
を、じっと握って見ていた。 「小母さま。・・・・おさきに」 瑠璃子はもう湯殿口の遣戸やりど
をこぐって、次の、囲いのうちで、水をつかっていた。 この姫は、ここの当主、中御門なかみかど
家成いえなり の妻の姪めい
であった。一般に、早婚の風ふう
があって、女性は十三、四歳といえばもう嫁とつ
ぐのが少なくないのに、人並み優れ容姿ようし
をもちながら、なぜかこの姫は。ことし十六という妙齢まで、嫁ぎもせず、叔父叔母の館やかた
に養われているのである。 聞くところによると、姫の父は、伊賀守いがのかみ
藤原為業ふじわらためなり といい、地方長官のならいとして、任地に居住しているが、そのことの不便ばかりでなく、為業は、とかく中央の政令に添わない事が多く、関白家の忠通ただみち
も、左大臣頼長も、同族の異端者と視み
て、よく思っていないことが、因いん
をなしているのだといううわさもある。 ──が、彼女は、婚期などには、無頓着むとんじゃく
で、結構、毎日を陽気に暮していた。ことに、東の対ノ屋の一部屋に、泰子が住むようになってからは、のべつ、西の対ノ屋からこっちへ遊びに来ていた。夜も泊ったり、風呂も一緒に入ったりする。そして、未知な世間話だの、新しい化粧の仕方だの、恋愛寒だの、ときには、男の品定めなども、あけすけに聞かしてくれる泰子が、またとない良よ
い小母さまと思われて、心からなつき慕っているのであった。 |