あぶみを踏まえても、馬相の眼識にかけても、渡は、人後に落ちないつもりだ。 が今、清盛から、四白だぞと注意されると、ちょっと、ぎょっとした顔色だった。 四白いうのは、鹿毛
、栗毛くりげ をとわず、馬の四つの脚の蹄ひづめ
から脛すね に、そろって、白い毛なみを持っている特長をいうのである。ごくまれにしかないが、あれば、不吉ふきつ
だと、昔から言われている。 ── はて、そいつは、気づかなかった。 渡は、あきらかに、動揺を包んだ。が、年下の清盛に、しかも馬相のことなどで、教えられたかのようなのは心外であった。佐藤義清が、ニヤニヤ聞いている手前からも──だ。 「なに、四白では、だめだと。アハハハ。・・・・、武者は、スガ目、あばたは、赤鼻などでは、皆だめか」 「おい。なんぼなんでも、俺の父を、馬のひきあいに出すのは、ひどかろう」 「だが、貴様までが、青公家あおくげ
みたいな迷信を言うからだ。陽ひ
あたりの悪い堂上では、ややもすると、物の怪け
だとか、やれ吉瑞きちずい の凶兆きょうちょう
のと、のべつ他愛たあい ないおびえの中で暮しているが、おれたち、陽当たりのいい土壌の若者には、そんな迷信など、取るに足らん。・・・・不吉というのは、むかし、その馬を飼か
った公卿が、長い顎あご でもかみつかれたか、腰の骨でもくだいたことから、いい始めたにちがいない」 渡は、必要以上に、抗弁したあげく、 「──
よい方の例をあげようか。いまは罷や
めたが、検非違使けびいし をしていた源みなもと
ノ為義ためよし 。知ってるだろう。大治だいじ
五年、あの人が、延暦寺えんりゃくじ
堂衆どうしゅう の鎮圧に乗り出したとき、四白の栗毛くりげ
に乗っていた。相模さがみ 栗毛くりげ
とよんで、人も知る彼の愛馬だ。──また、さきのおととし、鳥羽とば
の院いん と、待賢門院たいけんもんいん
さまも、お臨みで、神泉苑しんせんえん
の競べ馬に、下毛野しもつけ の兼近が、見事な勝ちをとったのも、たしか、四白の鹿毛かげ
であったわ」 「わかったよ。何も、迷信を持って、名馬に非ずと、いったのではない」 「おれは一番、あの青毛で、五月の加茂に、名をなしてみたいと野望しているのだが」 「ア、それで、怒ったのか」 「怒りはしない。迷信を嗤わら
ったのだ。いや、迷信があるのは、かえって幸せかも知れぬ。おそらく、あの馬に、乗の
り手て はなかろう」 清盛は、答えなかった。粗大な神経の持ち主のようで、些事さじ
にも、妙に気を病むことのある彼であった。渡は彼が言い返辞をしないので、義清の方をふり向いた。 ── が、義清はさっきから、そんな話にはなんの感興もないように、おりおり、白い斑ふ
が、ヒラヒラ、と舞ってくる桜の梢こずえ
を見上げていた。 「あ、・・・・院の御車が、彼方あなた
に見えた」 「おう、臨御になられた」 そのとき、あたりで声がした。三人もすぐ突っ起た
った。そして、右近の馬場の端はず
れまで、他の大勢とともに、御車迎えに、駆けて行った。 |