清盛は、そういう母の姿に、いま気がついた。 母の泰子は、病人のはずなのに、いつ癒
ったのか、または病やまい を冒おか
して、起きてしまったのか、盛装しているのであった。 例によって、高価な白粉おしろい
を、惜し気もなく厚く用い、髪には、香料をしのばせ、眉まゆ
をぼうと描いて、袿衣うちぎ に二十歳台の女性が着るような、あでやかなのを、着すべらせている。 (これは、ただごとではない。いつもの喧嘩けんか
とは、少し違う) 母のよくいう ── 別れる、出て行く ── は毎度のことで、良人も子どもらも、驚かないことに決めているが、それはいつも、争いのさいごに出る脅迫で、こう冷静に、初めから身支度までして、言い出しているのは、見たことがない。 それと、父忠盛も、すでに彼女の要求に、承認を与えているような風ふう
が見える。 清盛は、急に、狼狽ろうばい
を感じた。憎みながら、憎い母が、自分のからだと一つのものだったことが、血の中で、響きをたてた。 「ち、父上っ」──うろたえの眼を、向け変えて、こんどは父へ、にじり寄った。 「ほんとですか。いま、母上が仰ったお言葉は」 「ほんとだ。・・・・そちたちには、長い間、悲しませたが、ほんとだから、これからは、よかろう」 「ど、どうして・・・・」
清盛は、鼻をつまらせた。うしとへ来ていた弟の経盛が、きゅっと、喉のど
の奥で、へんな泣き声をのんだからである。 「いけません、父上。・・・・今さら、こんな大勢な兄弟どもを、つくりながら」 清盛が父の自分へ向かって、意見を言った。忠盛には、それも、おかしかったろうし、いかにも、子どもの言い分ぶん
らしく、稚気ちき に聞えたものとみえ、思わず顔をほころばせてしまった。 「はははは、平太。
・・・・よいのじゃよ。これでよいのだ」 「何が、よいものですか。いったい、あとは、どうなるんです」 「泰子も、幸せになろう。あとの、そちたちも、かえって、好よ
かろうというものだ。べつだんな、騒動ではない、案ずるな」 「いや、経盛が申しますには、何やら、わたくしのことから・・・・と聞きました。もし、平太が悪うござりましたら、どんなにでも、謝あやま
ります。母上、小さい弟どもが、かわいそうです。平太も、以後お心に添うように務つと
めまする。どうか、思いとどまってください」 清盛は、詫わ
び入った。この母に、こんなにまで、愛執を感じるのが、口惜しいし、ふしぎでもあったが、単なる感情とは別なものが、彼をして、狂おしいまで、そうさせた。 郎党の木工助は、彼にも増して、慟哭どうこく
していた。経盛も泣く。──泣かないのは、冷たい夫婦だけだった。 |