二月の寒風
を、初東風はつごち とかいう。春だと思うせいか、よけいに冷たい。 「ああ、腹が減った。すき腹のせいもあるぞ」 叔父も叔母も、飯めし
を食うて行けとも言ってくれなかった。──それさえ、かえって幸いに思えたほど、そこの門は、逃げるように飛び出して来たのである。もうこんな使いはしたくない。乞食こじき
になってもしたくないと思う。 「おれともある者が、ぼろぼろ、涙をこぼしたのが残念だ。銭ぜに
を見て、泣いたと、先では、考えたろうな。それがいまいましい」 まだ瞼まぶた
が、腫は れぼったい。──往来の者が振り返ると、彼は、泣いたあとを、見られる気がした。いや、涙よごれの顔よりも、じつは若い清盛の身なりの方が、およそ人目を引くものだった。 よれよれな布直垂ぬのひたたれ
に、垢あか じみた肌着はだぎ
ひとえ。──羅生門に巣くう浮浪児でも、これほど汚くはあるまい。もし、腰なる太刀たち
を除いたら、一体何に間違われるか──だ。泥田を踏んで来たような草履ぞうり
や革足袋かわたび 。うるしのはげた烏帽子えぼし
は、すこし斜はす かいに乗っかっている。背丈はずんぐり短く、かた肥りという体躯からだ
だ。 背のかわりに、頭が大きい。耳、鼻、口、造作すべてが、大振りなのが、この顔の特徴だった。眉毛まゆげ
はふとく、それにともなう切れ長な目尻が、下がり気味に流れているため、いささか愛嬌あいきょう
があって、あやうく “異相なる小男” の残忍さを救っているという容貌かたち
である。 いや、それと、色が白いことである。大きな耳たぶが、血のたれるばかり紅々あかあか
としているのも、この青年の、異相ながら、美しさの一つと数えてよい。 ──で、人は、 「どこの小殿ことの
であろ」 「何をする武者やら、小冠者こかじゃ
やら?」 と、怪しむのであった。また悪い癖で、清盛はよく、ひところ手で歩く、良家の子弟にはない風儀だ。父の前では絶対にやらないが、戸外へ出ると、癖が出る。──これはまちがいなく、塩小路に集まる人種の影響であった。 「今日は、立ち寄るまい。銭ぜに
を持っている・・・・・口惜しくも、借りた銭を」 彼は自分をおそれた。そこの魅力が、すでにむらむら意欲に響いていたからであろう。生まれつき、意思が弱く、煩悩ぼんのう
には克か てない自分を、よく、わきまえてはいたのである。 |