〜 〜 『 寅 の 読 書 室 Part T-[』 〜 〜
── 女 た ち の 源 平 恋 絵 巻 ──
横 笛
乱世の世に消えた儚い恋
2012/11/16 (金) 許されぬ恋を諦め仏道に入る (一)
滝口
(
たきぐち
)
の武士に斎藤
時頼
(
ときより
)
なる者がいた。初めは平しげもりにの邸宅であった小松殿の侍であったが、十三の時御所の滝口の武士に任じられた。時頼は清盛の西八条邸で催された花見の宴で
建礼門院
(
けんれいもんいん
)
の
雑仕女
(
ぞうしめ
)
でった横笛が舞う姿を見て恋心を覚え、深い仲になったという。よころが、これを伝え聞いた時頼の父は、ゆくゆく我が子を有力者の婿にでもと思っていたから、厳しく意見をした。愛する者と連れ添おうとすれば、父に
背
(
そむ
)
く事になる。悩んだ時頼は、これも仏道に入る機縁と、十九の年で出家してしまった。嵯峨野の往生院に入った時頼は
滝口入道
(
たきぐちにゅうどう
)
と名乗って修行に明け暮れた。
時頼がにわかに出家してしまったとの噂を聞いた横笛は、 「私を捨てるのはともかく、仏門に入ってしまったことがうらめしい。どうして訳を知らせてくれなかったのか。薄情な人であっても、訪ねて行って、
恨
(
うら
)
み
言
(
ごと
)
を言おう」 と、ある春の暮れ方、気もそぞろに往生院にある嵯峨のへと向かった。
梅の香がほのかに匂い、
大堰
(
おおい
)
川
(桂川)
の月も
霞
(
かす
)
みがかって
朧
(
おぼろ
)
であった。こんな切ない気持は誰のためかと思いつつ、横笛はあちらこしらと往生院の僧坊を訪ね歩いた。ある荒れた僧坊の前まで来た時、
読経
(
どきょう
)
の声が聞こえて来た。それが聞き覚えのある時頼の声だと分かって、 「今一度、時頼様にお会いしたい」 と、お供の女をやって取次ぎを頼んだ。横笛の声を聞いて、滝口入道の胸は騒いだ。
障子
(
しょうじ
)
の
隙間
(
すきま
)
から密かにうかがってみると、必死で嵯峨まで訪ね歩いて来た姿は何ともいたわしい。心は
千々
(
ちぢ
)
に乱れたが、ここで会っては世を捨てた決心がぐらついてしまうと思った滝口入道は、同宿の僧をやって 「ここにはそのような者はおりません」 と言わしめ、ついに姿を見せなかった。
横笛に居所を知られた滝口入道は、さらに同じ事があれば心も動いてしまうに違いないと怖れて、高野山の
清浄心院
(
せいじょうしんいん
)
に籠もった。横笛もやがて出家して奈良の
法華寺
(
ほっけじ
)
に入ったが、いくほどもなくして死んでしまった。それを伝え聞いた滝口入道はいっそう修行に励み、ついに高野の
聖
(
ひじり
)
と呼ばれるようになった。
著:高城 修三 発行所:京都新聞出版センター ヨリ
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