〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part T-[』 〜 〜
── 女 た ち の 源 平 恋 絵 巻 ──
祇 王 と 仏 御 前
清盛に翻弄された白拍子

2012/11/09 (金) ひたすら念仏 願う極楽往生 (一)

その翌春のことだった。祇王のもとに清盛の使いが来て、 「仏御前が退屈そうにしているから、参上して、今様を歌ってなぐさめよ」 と言う。返事をしないでいると、清盛が脅しにかかってくる。都から追放されようとも、命を召されようともかまわぬと、かたくなに出仕を拒んだ祇王ではあったが、清盛の威光を怖れる母刀自とじ に 「今生後生こんじょうごしょう の孝行だから」 と き口説かれて、やむなく祇女と二人の白拍子を供にし、清盛の待つ西八条におもむいたのだった。
だが、かって清盛の寵愛を受けてそば にあったときとは、何もかもが様変わりであった。はるか下の座敷に召し入れられた祇王は、思わず悔し涙をこぼす。それを見た仏御前は 「祇王御前をうえにあげていただけないのなら、私が出て行きます。おいとまをください」 と言う。白拍子の意地、女の意地であった。だが、清盛はそれを許さず、 「仏御前の無聊ぶりょう をなぐさめるよう、今様を一つ歌え」 と祇王に命じたのだった。
仏もむかしは凡夫ぼんぷ なり
我等もつひ には仏なり
いづれも仏性ぶつしやう 具せる身を
へだつるのみこそかなしけれ

これに似た今様が 『梁塵秘抄』 に採られている。そこでは 「仏も凡夫も共に仏性ぶっしょう を具しているのに、悲しいことに我らはそれに気づかないでいる」 となっているが、祇王は即興で後半の二句を少し変えて、仏御前 (仏) と祇王たち (我等) を無慈悲に隔てている清盛への恨みを隠した歌にしたのである。
祇王が泣く泣く二へん歌うと、その場に居並ぶ平家一門の人々も心中をはか って涙を流さぬ人とてなかった。清盛も祇王の思いを感じ取ってか 「当座の歌として神妙である」 などと め、 「これからもたびたび参って、今様を歌い、舞を舞って、仏をなぐさめよ」 と命じた。
涙を抑えてその場を退出した祇王はこれ以上のはずかし めは受けられないと自害しょうとした。だが、母に泣きつかれて、それもできない。祇王は思い余って尼となり、嵯峨野の奥の山里に柴の庵をむすんで、念仏に明け暮れた。祇王二十一歳のときだった。続いて、祇女十九歳、刀自四十五歳も髪を下ろし、祇王のもとに駆けつけ、ひたすら念仏修業して、あの世での極楽往生を願う毎日となった。

著:高城 修三  発行所:京都新聞出版センター ヨリ
Next