〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part Z』 〜 〜
「 恋 の 物 語 」 に 秘 め ら れ た 謎
ア リ ア ズ ナ と は 誰 か ?

2012/11/02 (金) 島田謹二の労作と司馬遼太郎の長編小説

廣瀬武夫とアリアズナの恋の顛末は、東京大学の著名な教授である島田謹二氏が初めて詳細に研究し、1960年代に著している。日本で彼は 「比較文学の父」 と呼ばれている。
島田謹二は 『ロシアにおける廣瀬武夫』 という研究論文 (モノグラフ) を書き上げた。この労作をもとに、日本の著名な小説家である司馬遼太郎が、長編小説 『坂の上の雲』 の一節でこれら二人の若者たちの愛の物語を鮮やかに描写している。長編小説では、研究論文にあるように、日本の若い士官の名が 「廣瀬武夫」、娘の名が 「アリアズナ (アリアドナ) ・コヴァレフスカヤ」 となっている。アリアズナは、ロシア語ではARIADNA (アリアドナ) 。 アリアドナはギリシャ神話に由来する女性名で、クレタ島の王ミノスの娘。ギリシャの英雄テーセウスに恋をして怪物退治を助け、共に島を逃れた女性である。しかし日本では廣瀬本人の訳を含めてアリアズナとされているので、以下アリアズナとする。また、中村新太郎もその著 『日本人とロシア人 ── 物語日露人物往来史』 の一節で同じ出典から細部を読み取っているのは明らかである。一方、ロシア側でも島田謹二氏の労作のロシア語版から多くのジャーナリストが情報を借用している。
廣瀬が書き、アリアズナに捧げた二編の詩を紹介する (詩は島田謹二 『ロシアにおける廣瀬武夫』 から引用、括弧内の訳はフルツカヤ)

筆とりて うゑ移しみむ とつくにの  父の園生に やまとことのは
(私は筆を手に取り異国に持って行く。君の父の庭園に玉との国の言葉が芽生えをもたらさんことを)
筆とりて うつすこころを しるや君  訳しもあえず 大和言の葉
(私は筆を手に取り日本の言葉で心を表現する。これを君に翻訳する必要はない、君は今のままで全てを知っている)
この詩を見るだけでも、この二人に恋が存在したのは疑いのない事実である。
だが調査を始めてまもなく、詳細が明らかになるにつれ次々と新たな謎や疑問点が現れ始めた。
最初に出て来た謎は、アリアズナという名だった。
アリアズナとは誰なのか? ── まず初めにこれを明らかにする必要があった。
著:スヴェトラーナ・フルツカヤ
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