〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part Z』 〜 〜
命 を か け て 守 り 通 し た も の は 何 か

2012/11/02 (金) 日露戦争で発揮された中佐の使命感

明治三十五年 (1902) 三月末、中佐は約四ヵ年にわたるロシア勤務を終えて帰国し、最新の戦艦 「朝日」 の水雷長に就いた。この時期、日・露両国間は緊迫した情勢下にあり、中佐の書簡には日清戦争の時とは違ったその意気込みがうかがえる。
日露開戦となる明治三十七年の叔父宛の年賀状。
今年は時局いよいよ 迫り、武夫年来の素願、北露と砲弾の間にまみ ゆる期あらんことをば、神かけて祈居候いのりおりそうろう唯々ただただ 当局の遣方やりかた もどかしく、日夕剣を して西天をにら むの有様ありさま有之候これありそうろう 。家兄 (兄勝比古のこと) は大島艦長として・・・・・武夫事は日本一の大艦に乗組み居候事おりそうろうこと 、日清戦役の如き武運の不遇を嘆ずること有之間敷これあるまじき 境遇に有之候間これありそうろうかん志意軒昂しいけんこう 、自ら平生へいぜい に倍する心地ここち 致居候いたしおりそうろう
二月十日、日本はロシアに宣戦布告を余儀なくされた。そうした艦隊勤務の中二月十三日付次の手紙を家に送り海軍士官としていくさ に臨む自分の気持の整理をしている。
身は軍籍ぐんせき に在り、平素の心掛けとしては、何時事起こり身死するも、余累よるい を人に残すまじと、深く覚悟かくご 仕候事つかまつろそうろうこと有之これありいわ や天下の形勢はようやせま り来りたることなれば、万事公私上の整理も、昨年来片付け置き候。かつ 私家上の事など、武夫はたとひ何事も申置もういそ かざるも、皆々様の しなにお取計ひ被下事くださること と、確信罷在候まかりありそうろう ものなれば、ただ 武夫が私交上に於ける、然諾ぜんだく を果たさざるやを考えめぐ らし候も、別段にこれと申す程の事も無之これなく 、たとひ万一のこと 有之候これありそうろう ても、天に愧じず地に じず、人に後指うしろゆび ささるる等の事なき事と存じ、更々さらさら 思い残す事無之これなき ・・・・・。
ロシア太平洋艦隊は旅順港内に停泊し動き出す気配はなく、相当の戦力を温存したままであった。連合艦隊はこのロシア太平洋艦隊を旅順港に封じ込めるため、旅順口閉塞戦を実行することとなる。中佐は第二閉塞隊 「報国丸」 の指揮官に選ばれ、三月二日付で決死隊志願者の選考状況等細かに記し、次の手紙を家に出している。
此行このこう畢竟ひっきょう 死を決する身にしあれば、万死ありて一生なきもの。艦内 (朝日のみ) にて同行者を募る。応ずる者水兵部百十九人、期間部百十二人あり。しかも先を争い、懇請こんせい 涙をもつ てするものあり。その 取捨においおおい に苦しむ。ああ死を して事に当らんとするの気性は、実にわが 国民にして始めて見るべし。痛快の至に堪えず。
さらに 「報国丸」 の船長との小宴で次の漢詩を詠んでいる。
丹心報國  丹心たんしん (まごころのこと) 国に報ぜん
一死何辞  一死 何ぞ辞せん
与船埋骨  船とともに骨を埋めん
旅順之陲  旅順のほとり
第一回の閉塞戦は十分な成果が得られなった。第二回目の計画が発表され、閉塞隊員の志願者は千人以上に達し下士官以下五十六名が選ばれ、准士官以上と計六十八名が決まった。中佐は 「福井丸」 指揮官としてその準備に当たり中、三月十九日付兄勝比古かつひこ に次の手紙を書きその中に二つの詩が入っていた。
今や第二回閉塞隊として、 「福井丸」 に上らんとす。たまところ の手書は、先考の真影と共に収めてふところ に在り、弟は天佑てんゆう を確信し、再び其の成功を期すると共に、武士として決して家声を汚すことなきを自信す。

七生報国  七たび生まれて 国に報ぜん
一死心堅  一死 心かた
再期成功  再び成功を期し
含笑上船  笑みを含みて船に上る

勤皇大儀太分明  勤皇の大儀 はなはだ分明
報国丹心期七生  報国の丹心 七生を期す
伝家一脈威風在  伝家 一脈の遺風あり
盟挙名声弟与兄  ちか いて名声を挙げん 弟も兄も

幾回いくかい うも志は同じ。弟は七生人間滅国賊の楠氏兄弟を以って精神と心得居候こころえおりそうろう
さらに三月二十一日付の家族宛の手紙で廣瀬家の幸せを願って書いている。
今度再び旅順口閉塞として福井丸を指揮し、其程そのてい に上らんと欲す。一再三四五六七回人間に生まれて、國恩こくおん を報ぜんとの本意ほんいかな ひ、踴躍罷在候ゆうやくまかりありそうろうしか して天佑てんゆう を確信する愈々いよいよ 強く、先回に比してなお 一層の成功を期し申候もうしそうろうつつしん で廣瀬宗家の幸福を祈り申候。再拝」
こうして書簡から選んで並べると、中佐の使命感は廣瀬家の遺風として浮かび上がってくる。
著:古庄 幸一
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