嫁を持つ気がない廣瀬が、人の嫁で節介を焼くのもこのころのことだ。廣瀬の同期で首席の財部彪のことである。当時、財部は常備艦隊参謀を務めていた。 「すまんが、ちょっと俺の相談に乗ってくれ」 いつになく真剣な顔の財部は、結婚の話だと打ち明けた。相手に問題があるという。 「相手に不足か」 「いや、不足というわけではないが」 「一体、どものだれなんだ」 「それが、やまごんのお嬢さんだ」 海軍では、やまごんで誰もがわかる。三国干渉後のロシアに対抗するため、海軍の大改革を行っている山本権兵衛のことで、当時は軍務局長を務めていたが、海軍大臣の西郷従道から海軍省の全権を任されているような大物である。 その山本には長男の他に五人の娘があり、長女の婿として、海軍兵学校十五期で最も優秀な財部に目を付けたというのである。海軍での将来を考えれば、悪い話ではないが、秀才には秀才なりの計算が働いた。山本の娘をもらえば、養父の力で出世する気かと、同期や海軍内で妬まれないかと心配しているのだという。 「わかった。俺に任せておけ」 そう言うと廣瀬は、非を改めて単身、山本の自宅を訪れ、面会を求めた。 山本は当時、四十四歳と若い少将で、海軍ナンバー3である。廣瀬は大尉、階級だけでも四段階違う。普通なら簡単に面会できるはずはないが、廣瀬は
「火急の用がある」 と押し切ったらしい。 不審顔で対応した山本に、廣瀬は弁じたてた。 「私の親友、財部は人物、才能から見て将来、海軍を背負うことは明らかです。しかしこの度、局長の婿になると、後々まで局長の婿だからと陰口をたたかれるに違いない。それは級友として甚だ心外です。この際、すっぱりと破談にしてください」 山本は、廣瀬の言葉を最期まで聞き、二つだけ質問した。財部に頼まれて来たのかということと、財部が破談を望んでいるのかということである。来訪の廣瀬の一存だと知り、娘への不満が財部にないことを確認すると、はっきりと言った。 「わしはそんなことで、えこ贔屓などせぬが、財部の気持を聞いたうえで対処しよう」 稚気愛すべし。山本はそんな風に思ったのではないか。この友人思いの無鉄砲がまもなく、廣瀬の運命を変えることになる。 |