下々
の女ども、おさん様の御声立てさせらるる時、皆々かけつくる契約にして、手毎てごと
に棒・乳切木ちぎりき ・手燭てしよく
の用意して、所々ところどころ
にありしが、宵よりの騒ぎに草臥くたび
れて、我知らず鼾いびき をかきける。 七つの鐘なりて後、茂右衛門下帯したおび
をときかけ、闇くら がりに忍び、夜着よぎ
の下にこがれて、裸身はだかみ
をさし込み、心せくままに、言葉かはしけるまでもなく、よき事をしすまして、 「袖の移り香そをらしや」 と、又寝道具を引着ひきき
せ、さし足して立退たちの き、
「さてもこざかしき浮世うきよ
や、まだ今やなど、りんが男心おとこごころ
はあるまじきと思ひしに、我先われさき
に、いかなる人かものせし事ぞ」 と恐ろしく、重かさ
ねてはいかないかな、思ひとどまるに極きは
めし。 |
召使の女どもは、おさん様が声を立てられた時皆で駆けつける約束をし、手に手に棒や乳切木ちぎりき
、手燭てしょく などを用意して、所所に待機していたが、宵よい
からの騒ぎに疲れ、我知らず鼾いびき
をかいて眠ってしまった。 七つの鐘がなった後、茂右衛門は褌ふんどし
を解きながら暗闇くらやみ の中を忍んで来た。夜着の中の人を恋焦こいこが
れて、裸身のまますべりこみ、気がせくままに言葉を交かわ
すまでもなく、うまい事をやってのけ、 「袖そで
の移り香もかわいいものだ」 と、また寝道具を引き寄せて着せ、抜き足で立ち退いたが、 「何という油断のならぬ世の中だろう。まだ今の年では、りん・・
など男を知っていまいと思っていたのに、おれより先に一体どんな奴が物にしたのだろう」 と恐ろしくなり、二度と会うまいと決心した。 |
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その後、おさんはおのづから夢覚めて、驚かれしかば、枕はづれてしどけなく、帯はほどけて手元てもと
になく、鼻紙のわけもなき事に、心はづかしくなりて、 「よもやこの事、人に知れざる事あらじ。この上は身を捨て、命かぎりに名を立て、茂右衛門と死出しで
の旅路の道づれ」 と、なほ止や
めがたく、心底しんてい 申し聞かせければ、茂右衛門、思ひの外ほか
なる思はく違い、乗りかかつたる馬はあれど、君を思へば夜毎よごと
に通ひ、人の咎とが めもかへりみず、外ほか
なる事に身をやつしけるは、追付おつつ
け、生死しやうじ の二つ物掛ものが
け、これぞあぶなし。 |
その後、おさんは自然と夢が覚めると、驚かれた事には、枕は外はず
れて乱れ、帯は解けて手元になく、鼻紙はめちゃめちゃになっている。知らぬ間に男に肌はだ
を許していた事が分かり、恥ずかしくなって、 「よもやこの事が人に知れずにはすむまい。こうなったからは身を捨てて、命の限り浮名を立て、茂右衛門と死出の旅路の道連れになろう」
と、やむにやまれぬ覚悟の程を申し聞かせると、茂右衛門は全くとんだ予想違いで、りん・・
という乗りかかった馬はあったが、それからはおさん・・・
様に打ち込んで夜毎よごと に忍び、人の咎とが
めも無視して道に外はず れた事に身を任せたのは、やがて生きるか死ぬか二つに一つの命の勝負、全く危ない事であった。
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